1
『やっぱり血鬼術なのかなあ』
のんびり起きてのんびり買い物をして、帰ってきてからまたのんびりする。
来週までに帰そうと思ってたのに本人のお願いで止められてしまったので、今日は特にやることがなくなった。
「結局、それが一番可能性が高いかもしれないな」
『だよねえ……』
お互い声を掛けたわけでもないけど何となく食卓に集合する。
私は杏寿郎がいるのに一人で部屋に籠る気はないし、杏寿郎も自分の部屋というものがないので居場所が限られる。リビングで腰を落ち着けるなら食卓かソファの二択だけど、私が食卓に居たら彼は真向かいに座るし、ソファに座ってれば隣まで来る。この二週間で気付けばそういう感じになっていた。
流れで口をついて出たのはやっぱり気になる“帰り道”の話。
仮に今の状況が血鬼術のせいだったとしたら、彼はここへ来る前に鬼と戦っていたことになる。だとするとその記憶がないのは何故だろうか。時空を超える間に記憶だけ消し飛んだ?
記憶が曖昧なこともそうだけど、杏寿郎の体に傷がついた様子や着ていた服が汚れていなかったことも気になる。
血鬼術にかかったなら不意打ちでもない限りそれなりに戦闘があったはず。何かしらその跡が残っていてもおかしくはないと思うけど。
『もし血鬼術なら、杏寿郎以外にもここに来てる人がいるかもしれないよね〜』
「そうだな。今のところそれらしき人は見掛けていないが」
『しのぶさんなら上手くやり過ごしてそうだけど、宇髄さんとか不死川さんとかはすぐバレて騒ぎになっちゃいそう。悲鳴嶼さんは立ってるだけで目立ちそうだし……』
「ははっ…宇髄はともかく、不死川は厳しいだろうな」
でもそれを言うと俺も厳しいと思うぞ、と彼が続ける。…うん、否定はできない。ワープ先が人気のない場所で良かったね。
一応ネットニュースやSNSはちょくちょく見てるけど、杏寿郎と同じようなことになっている人の情報は未だ見付かっていない。「異世界」とか「トリップ」とかで検索しても引っ掛かるのは漫画や小説だけ。
こっちに来たのは杏寿郎だけなんだろうか。それもそれで不思議だなと思ってしまう。杏寿郎がかかるくらいの血鬼術なら、他にも何人かかかってそうなものだけど。
「…せっかくの休日なのに、君は俺の帰り方を考えて過ごすのか?」
『ん〜…別に急いでやらなきゃいけないこともないしー…。ゆっくりなら今できてるしー…』
「何か俺としたいことはないのか?」
「それは来週考えるって約束だっただろう」と彼が言う。そう言われてもなあ、というのが正直なところだった。
先日同じことを聞かれてぽろっと言ってしまったのが来週の例の件だけど、それ以外でも“したいこと”ならたくさんある。それこそ数え切れないくらい。
でもとてもじゃないけど本人には言えない。数の問題じゃない、内容の問題だ。
役に立とうとしてくれていることは分かる。分かるけど、頼むからそんなに無邪気に問い掛けてこないでほしい。私はそんなに綺麗な人間じゃない。
そもそもこれまでの私の言動を見てきた上でその質問をしてくる時点で言う気にはなれない。むしろ絶対言っちゃだめだという気持ちが強くなった。
来週の件が今“したいこと”の中で言える範囲のギリギリ。これ以上は言えないから、どうか察してほしい。
『すでにいろいろ我儘言っちゃってるし…。わたしは杏寿郎が元気で笑っててくれれば、それで……』
「……。欲のない子だな」
ふ、と杏寿郎が笑う。
back