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目覚めたとき、夢か現実か分からなくなることが時々ある。
「おはよう、明華」
今日の朝が、それだった。
目を開けると、薄い暗がりの中にぼんやりと映る人影がひとつ。
しばらく見つめているうちに輪郭がだんだんとはっきりしてくる。
外側にハネた長い髪の毛。燃える炎のような色をした瞳。
穏やかな声が私の名前を呼んで、柔らかく目が細められる。
この世には存在しない、大好きな人。私の、大好きな人。
「!? ど、どうした!?」
『……あ、…』
再び視界がぼやけた直後に頬に冷たいものが伝う。
そのリアルな感覚と狼狽えるような声で一気に目が覚めて、慌てて目元を両腕で隠した。
『ご、ごめん、何でもない』
――そうだ、今は“この世にいる”んだった。
まだ寝惚けている頭で夢よりも夢みたいな現実を思い出す。
ああもう、私ってば朝から何やってるんだ。寝起き早々後悔の念が押し寄せる。
さっきの反応からして絶対泣いてるのバレた。すぐ隠したけど無駄だった。彼に被害が及ぶようなやらかしじゃなかっただけいいけど。
真っ暗で何も見えない。でも、頭に大きな手のひらが乗せられたことは分かった。
「泣いているのに、何でもないはずがないだろう?…どうした?怖い夢でも見たか?」
小さな子供をあやすような優しい声が降ってくる。
その慣れた手つきと声色に何となく、彼が“兄”であることを感じた。
私は夢見が悪い。昔からそうだ。性格があんまり前向きじゃないからだと思う。
寝ている間に泣いてたり、起き抜けに泣いたりすることがちょくちょくある。ベッドの中で意味もなく悲しいことを考えて一人で泣くこともある。
だから泣いていたことは疑問に思わなかったし「何でもない」んだけど、今回はいつもとはちょっと違う気がした。
『…よく分からないんだけど、杏寿郎見てたら……なんか、泣けてきちゃって』
――ぴたり。動いていた彼の手が不意に止まる。が、すぐにまた再開された。
彼が撫でてくれているのに全然涙は止まってくれなくて、なかなか腕をどかせない。
自分が泣いている理由がよく分からなかった。今日は変な夢を見たわけでも、悲しいことを考えていたわけでもなかった。夢を見たかどうかさえ覚えていない。
杏寿郎を杏寿郎だと認識したときに自然と涙が出ていた。嬉しいとか悲しいとか、そういう感情が伴っていたわけではない。彼がまだここにいることに安心したわけでもない。
何故だろう。理由も分からないのに、何故だか無性に泣けた。
一人であれば落ち着くまで泣いてたところだけど今はそうじゃないから、とりあえず泣き止もうと少し深めに息を吸う。これ以上迷惑は掛けられない。
涙を止めることだけ考えろ。それ以外は考えなくていい。しばらく静かに呼吸だけしていれば治まるはず。
一定のリズムで息を吸っては吐いてを繰り返す。…ほら、大丈夫、大丈夫。
「君は……本当に、つくづく心配になる」
そろそろ止まったかなと腕をどけようと思ったら、傍でゴソゴソと物音がして。
何だろうと思って目を開けたと同時にどけた腕の上から押さえつけるように何かが乗ってきて、それが杏寿郎の身体だと理解するまで少し時間を要した。
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