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『杏寿郎〜……』
「着れたか?」
はい!と良い笑顔で見たことのある服を渡されてから十数分後。
自分の部屋のドアを閉めて着替えを開始したが、一人で悪戦苦闘していた。
『裾が長くてまともに歩けない……』
「はは、見せてみろ」
ドアの向こうから杏寿郎の元気な声が聞こえる。
何とか着るには着てみたが、ぶかぶか過ぎてよく分からないことになっている。これでも元々着てた服の上から着たんだけど。
隊服って確かちゃんと本人のサイズで作ってるんだよね。そもそも私は女性物のSサイズを着てるような人間だから男性物って時点でアウトなのに、高身長で体格の良い杏寿郎のサイズって。無理があるに決まってる。
一応ベルトもあったからしてみたけど、穴の数が足りなくて何の意味もなしていない。手で押さえていないと腰から抜けて下に落ちる。
彼に服を借りるってだけで嬉しいやら恥ずかしいやらで忙しいのに、だぼだぼの袖と裾をまくって必死に歩いてるところなんて見るからに間抜けだし、これから本人に見られると思うと輪をかけて恥ずかしい。もうどうにでもなれ。
片手でベルトを押さえながら、もう片方の手でドアノブを回した。
「はっはっは!見事に全部余ってるな!!」
『だいたい予想通りだけどね…』
「ほら、羽織だ!」
『わ、すごい…本物……』
向こうの世界なら炎柱にならないと羽織れないであろうそれを杏寿郎が肩に掛けてくれる。改めてよく見てみるとコスプレ衣装とは比べ物にならない重厚感があった。
漫画やアニメで見た色合いと形が独特な羽織。誰のデザインか分からないけど、やっぱり杏寿郎に似合ってて凄く良い。
私が着ると途端に服に着られてる感が出ちゃうから、鏡を見たいような見たくないような。
「ふふっ……」
背が足りなくて床についている羽織の裾を持ち上げて眺めていたら、不意に上から笑い声が降ってきて。
見たら杏寿郎が笑いを堪えているようだったから思わずはたきそうになった。この人、完全に面白くて笑ってる。
私が不機嫌になったことが分かったのか、次の瞬間彼は笑いながら抱き締めてきた。
「はははっ…すまん、あまりにも可愛らしくて…」
『もう、人がせっかく感動してるのに』
「ふふっ…可愛いなあ、可愛い……」
抱き締められたままよしよしと頭を撫でられる。それ自体は嬉しいけどどうも子供扱いされている気がしてならない。いや、絶対されてる。
確かに身長は子供みたいなものだけど、でも杏寿郎サイズの服を女性が着たらだいたいこんなものでしょ。モデルさんみたいに背が高い人でもない限り絶対こうなる。ていうか笑い過ぎでしょ、そんなに笑うことないじゃない。
未だに肩を震わせている杏寿郎に少しむっとしつつも、大人しくその腕の中に収まっていた。
「君はもう少し太った方が良いな。筋肉もつけるべきだ。運動はしているのか?」
『ううん、嫌いだから全然…』
「嫌いなのか?それでその細さなら、やはり少し鍛えた方がいい。動けば食う量も増える!
そうだ、この後一緒に鍛錬しないか!?」
『えー…杏寿郎、稽古が厳しくて継子に逃げられちゃうんでしょ?』
「む、そんなことまで知られているのか…」
でもやるなら明華に合わせた内容にするぞ!と彼が意気込んだ。…本当だろうか?私の運動音痴を舐めないでほしい。
まあ嫌だったらそう伝えれば大丈夫かな。今朝あれだけで落ち込んでた杏寿郎のことだから。
最後に部屋で何枚か自撮りだけして、もったいないと思いながらも借りていた服を脱ぐ。この後何かやるみたいだし、汚したら悪いもんね。
それにしても貴重な体験だった。これが“本物”であることは写真を見ても私にしか分からない。
そのうちこれを見返して懐かしく思う頃が来るのだろう。このときはこの人がいたんだな、と。
気持ちを切り替えてドアを開ける。
律儀に部屋の前で待っていた彼が、「早速始めよう!」と無邪気に笑って言った。
柱稽古開始?
(押さえてもらわないと腹筋なんてできない…)
(よし、俺が押さえてやろう!さあ頑張れ!!)
END.
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