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「行ってらっしゃい」




気を付けて、と声を掛けると明華がにこりと笑って俺を撫でる。


全く知らない世界での生活ももう二週間を超えた。
突然転がり込んだ俺を快く受け入れてくれた彼女は、今日もまた仕事へと出掛けていく。それを暖かい布団の中でぬくぬくしながら見送る自分。
何も力になってやれないのを毎回この場所でもどかしく思う。思いながらも、どうしようもないから俺は再び目を閉じるしかない。


二週間。もうすぐ三週間になる。長い、と思う。
いい加減ただで飯を食らっているのが申し訳ない。朝から晩まで働いた明華が帰宅して、すぐ風呂に入って、俺の分まで飯の支度をする。
食材はもちろん、水から電気の料金まですべて彼女持ち。それを二週間以上続けている。
改めて文句のひとつも言わない彼女を凄いと思う。一人で暮らすというだけでも簡単ではないだろうに。

ある程度時間が経てばきっと何事もなかったかのように元に戻っているものだと、俺も明華も何度か口にしていたその言葉の説得力はだんだんと薄れ始めていた。




「(本当に……俺は、帰れるのだろうか)」




弱音を吐くつもりはないけども、あまりにも何も起こらないから。ついそんなことを考えてしまう。

少なくとも明後日、明華が行きたいと言っている場所へ行くまでは帰るつもりはない。ここにいることが嫌になったわけではないから、彼女の願望を叶えるために多少居座ることは苦ではない。でも、その後は。
さすがに焦り始めてもいい時期になってしまったと思う。待っていればそのうち、というのも何もなく二週間経ってしまうと疑問に変わってくる。


本当に待っていれば俺は帰れるのか?このまま時間だけが過ぎていくのではないか?
俺はこの先ずっと、こちらの世界で生きていくのか?




「(それはできない。いつか絶対に、明華の荷物になるときが来る。それまでに去らないといけない)」




この生活がずっと続けられるわけじゃない。明華には明華の都合がある。俺も自分の世界でやるべきことがある。
明華には明後日まで帰り方を探すのは禁止と言ったけど、今思えばあれは思考の停止に近かった。明華に“その日”を楽しんでほしいというのは本当だが、どこかで俺もその日までは何も考えずにいたいと思っていたのかもしれない。

でもそれも、あと二日で終わる。




「(上手いこと、明華と出掛ける次の日にでも帰れたらいいのに)」




そうしたら明華はやりたいことができて、俺も帰れて一安心で、全部丸く収まるのに。

「お前もそう思わないか?」と、返事をしてくれないことを承知で目の前にいたぬいぐるみに問い掛けた。




「(…でも、せっかく仲良くなれたのにな)」




うつらうつら、暖かい布団が俺の瞼を重くさせる。


次に目が覚めたのは、もう天高く日が昇った頃だった。




――




“ごめん、今日ちょっと帰るの遅くなる!”

離れた場所にいる明華と連絡が取れる「パソコン」という機械にそう表示されたのは夕方のことだった。




「(仕事が長引いてるのか?)」




明華からそういった類の連絡を貰ったのは初めてだった。謝るくらいだから、何か彼女にはどうにもできない事情があるのだろう。
風呂のことは気にしなくていいと言うので普段通りに風呂に入る。いつ帰ってくるのだろうと思いながら体を流し、そろそろ連絡が来ているかなと思いながら髪を乾かす。


部屋に戻ったらやっぱり新しい伝言が届いていて、急いで返信をした。







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