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『(寂しいって言われちゃったなあ)』




考え始めるときっと仕事が手に付かなくなるから、なんとか午前中は誤魔化しながら耐えた。
昼ごはんのお弁当を机に広げながら昨日のことを思い出す。


“少し、寂しい気がして”
控えめに言われたその言葉は、まだ耳にしっかりと残っている。




『(…杏寿郎、案外寂しがりなのかな)』




冷凍のコロッケを口に含む。


漫画で千くんに「寂しくても頑張ろう」と言っていた描写があったし、可能性はなくもない。その“寂しい”が千くんに向けた言葉なのか自分に言い聞かせていた言葉なのか、あれだけだとよく分からなかったけれど。
もし後者の意味を含んでいたのであれば昨日の言葉も納得できる。

ただ原作でもウチに居てもそんな素振りは見せなかったから、言われたときにちょっと驚いてしまった。




『(でもそれなら、わたしにも出来ることがあるかもな)』




一緒にいることを彼も喜んでくれるのなら。離れていることを寂しいと感じてくれるのなら。
まだ杏寿郎のために出来ることがある気がする。ハグはストレス解消になるって聞いたことがあるし、嫌がらないのならむしろ積極的にするべきなのかも?
いつも抱き締めてくれるのは彼の方からだったから、今日は私からしてみようかな。




『(さ、今日は早く上がるぞ〜)』




空になったお弁当を片付けて心の中で意気込む。

帰りを待っててくれる人がいるのは嬉しい。それが大好きな人なら尚更。たとえ一時的だと分かっていても。
明日の支度もしなくちゃいけないし、今日は絶対に定時ダッシュだ。


昼休み終了のチャイムを聞き流しながら、いつになくやる気満々で仕事の書類に目を通した。




――




なるべく早めに帰らなくちゃと思いつつもついつい寄り道をしてしまった。
まあたった数分だけど。駅で美味しそうな鯛焼きが売ってたから、お土産に買って帰りたいと思って。

まだ温かい紙袋を片手にルンルンでマンションの廊下を歩く。
ドアを開けるなり出迎えてくれた杏寿郎に抱きつきたい衝動を抑えて、代わりに紙袋を渡してからお風呂場に向かった。冷めちゃうから良かったら先に食べててと言ったけど、彼には「後で一緒に食べよう」と笑顔で返された。


お風呂から戻ったらソファにいた杏寿郎が立ち上がったから、駆け足で彼の元へと向かう。




『ふふっ』


「…! ど、どうした?ご機嫌だな」




そのまま胸に飛び込んだら、驚いた様子を見せながらもちゃんと受け止めてくれる彼。
私の推しが今日も可愛い。自然と口角が上がってしまう。
久しぶりに鯛焼きを買ったのもそうだけど、機嫌が良く見えるとしたらやっぱり昨日のことが一番の理由かな。




『杏寿郎がほんとに無理してないって分かったから、次はわたしからもさせてもらおうと思って』


「…すまない、嫌がっている風に見えたか?」


『ううん、そうじゃないけど……絶対、嫌われたくないから』




あんまり下手なことはできなくて。言いながら、その広い背中に腕を回す。
杏寿郎から進んでやってくれるときはいいけど、そうじゃないときはなかなか動く気になれなかった。もし何かしでかして嫌われでもしたら、私は生きていけないから。

素直な気持ちをありのままに話したのに、杏寿郎には「大袈裟だな」と朗らかに笑われただけだった。







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