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“好きな人と二人で遊園地に行くのが、夢だったの”
ぼんやりとした頭に思い浮かぶのは、昨日の明華の泣き顔ばかりだった。
「(あの後も結局、泣かせることしかできなかったな…)」
うつらうつら。
柔らかな日差しの中、一人昨日のことを思い返す。
観覧車に乗れたのは時間の都合で二回だけだった。二度目に乗る頃には明華は泣き止んでいたが、見てすぐに分かるくらい目が赤くて。
そのあと店で土産を選んでいる間は笑顔を見せるようになったものの、やっぱりどこか寂しそうだった。そしてすべてが終わり出口に差し掛かったとき、彼女は再び泣き出してしまった。
誰かの言っていた「また来ようね」という言葉が明華の耳にも入ったからだと思う。周りの人には当たり前にあるであろう「また」の機会が、俺達にはきっとない。
何を言っても泣き止んでもらえる気がしなくて、ただ静かに抱き締めてやることしかできなかった。
あれだけ彼女が泣いていたのは、裏を返せばそれくらい楽しんでくれたってことで。泣いて帰りたくないと思ってくれるくらい、明華は俺との時間を楽しんでくれた。
そう考えれば相当な“恩返し”ができていたのかもしれないが、泣かせてしまった罪悪感はどうしても胸に残る。明華の望みを叶えてやれたと素直には喜べなかった。
また同時に、それとは別の気掛かりができる。
「(明華が好きなのは、本の中の俺だ)」
頭では分かっているつもりだ。明華の言う「好きな人」が、俺のことではないと。
明華が喜んでくれるのならそれでいいと思っていた。それが俺の唯一できることだと思っていた。
でも、昨日の明華を見て同じことが言えるだろうか。明華は“煉獄杏寿郎”のことが――本当に、本当に好きなんだ。
それなのに、俺が“らしい”ことをして喜ばせて、「夢が叶った」とまで言わせて。
それで良いのだろうか。昨日はあれで良かったのだろうか。昨日だけじゃない、今まで明華と過ごした時間、すべて。
無責任じゃないだろうか。俺は自分が“煉獄杏寿郎”ではないと理解していながら、安易に彼女を喜ばせたのだ。
この先一緒に居てやることもできないくせに。
俺と仲良くなればなるほど、俺が喜ばせてやればやるほど。
明華は後で悲しむことになるんじゃないか。泣く回数が増えるんじゃないか。それが果たして、恩返しと言えるのか?
そう気が付くのにこれだけの時間を要してしまった。…もう、手遅れかもしれない。
問題はまだある。その“恩返し”を、俺自身が恩返しだと思わなくなってきたことだ。
――“煉獄杏寿郎が羨ましい”
俺はあのとき、何をしようとした?
「(…他人の所為や、その場の雰囲気の所為にしたくはないが……)」
あんまり可愛いのも考え物だな、と、
薄れていく意識の中でそう思った。
――
『ただいま〜』
「おかえり!」
玄関で物音がしたので出迎えに行く。見知らぬ世界での生活も、三週間もすれば慣れたもので。
ちょうど風呂から出て髪を乾かし終えたところで明華が仕事から帰ってきた。
いつものように上着や荷物を置き、彼女がぱたぱたと洗面所へ駆けて行く。
手を洗って戻ってきた明華が、明るいところで改めて俺を見て一言。
『…なんか、顔赤くない?』
ドキリ。
心臓が小さく音を立てた。
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