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「君からの好意を、俺が受け取っていいのかと…今日、ずっと考えていた」


『…まさか、考え事ってそれのこと?』


「ああ。優しくしてもらえるのは嬉しいが、その好意は元来“本の中の煉獄杏寿郎”が受け取るべきものだ。
俺が傍に居てもぬか喜びさせるだけで、しかも後で君を苦しめることになるんじゃないかって……昨日の件で思った」




いくらか火照りが鎮まった頬に触れながら、本人の前で日中考えていたことを漏らす。
これだってそうだ。明華は俺にとことん優しいけど、それは“本”ありきのことで。




『別人だって言いたいの?』


「…別人だろう?現に俺は今、本の中には居ない」




言い切ると、明華の顔が曇る。
そんな顔をさせたくはない。でももうこれ以上、昨日のように泣いてほしくない。

俺は本の中の人間じゃない。つまり君の言う「好きな人」とは違う。だから俺が向こうに帰っても、必要以上に悲しむことはない。
俺は偶然出会って偶然仲良くなっただけの男だ。君にもきっと、過去に仲良くなったが今は会うことのなくなった人がいるだろう。俺もそのうちその中の一人になる。それだけのことだ。
俺も君と離れることになるのは寂しいが、“その日”が来たら良い思い出としてここで過ごした日々のことを心に留めておく。そしてそれを糧にして前へ進む。
出会いと別れが繰り返されるのは生きていれば当たり前のことだ。

でも昨日の明華を見たら、俺との別れがそんな単純なものになるとは考えられなくて、
俺が居なくなったその後で、きっと君は一人でたくさん泣いてしまうだろうと思わずにはいられなかった。
それがとても心配で、そんなことになるなら今後は俺と距離を取った方がいいんじゃないかとさえ思った。


しばらく無言のまま明華は俺と見つめ合っていたが、急にキッと睨まれたかと思うとびしっと目の前に人差し指を突きつけられた。




『煉獄杏寿郎!!』


「っ!?」


『鬼殺隊の炎柱!!父親は元炎柱の槇寿郎さん、母親は瑠火さん、弟は千寿郎くん!
下弦の弐を倒して柱になった!恋柱の蜜璃ちゃんは元継子!ここまでで何か間違ってる!?』


「い、いや……」


『じゃあわたしが好きなのは貴方です!!見た目も声もそのまんまだし!
確かにきっかけは本だけど、好きであることに変わりはないし、むしろわたしに優しいぶん本の中の杏寿郎より好きだから!!』




指を差されたまま捲し立てられる。
その勢いと驚きで、途中で口を挟むことができなかった。




『杏寿郎の言う通り、わたしは杏寿郎を見送った後でまた大泣きすると思う!!
でもそれでいいの、そんなこと前から分かってた!分かってた上で杏寿郎と仲良くなれて嬉しかった!!昨日遊びに行ったことだって後悔しない!
後でどれだけ泣こうが喚こうが、わたしは今、杏寿郎と楽しく過ごせたらそれでいいの!!』




怒鳴られるのとは少し違うが、明華にしては珍しい大きな声だった。
一通り言い終わった後、彼女は「でも昨日はごめんね」と俯いて腕を下ろす。


しばらく呆気に取られていたが、明華が泣きそうな顔をしたのが分かって思わず腕を引いて抱き締めた。




「……君を…」




腕の中の彼女の背中は震えていた。
小さな体が壊れないように、でも力を込めて抱き締める。

“本の中の杏寿郎より”――
その言葉が、何度も頭の中で響いた。




「すまない、余計なことを言った。忘れてくれ」


『…うん』


「明華が良いなら、帰るまで俺はこのままでいる」


『うん、大丈夫。…ありがとう』




明華が体を起こす。にこりと綺麗に微笑んだ彼女は、いつもの笑顔に戻っていた。


日に焼けた頬が、それとは違う熱で火照った気がした。






こまでも真っ直ぐに


(君は俺を、好きだと言ってくれる)




END.







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