1
『今週はどこ行こっか?』
何度目かの週末がやって来た。
ゆっくり起きてから軽めの朝食を食べる。
昨日の夜、ベッドで寝転がりながら考えてみたけど残念ながらいい案は思い浮かばなかった。
このまま帰したらきっと彼はどこかで死ぬ。私個人としてはそれが嫌だ。
でも、だからと言って何ができるのか。余計な口を挟んだら物語が変わってバッドエンドになるかもしれない。
仮に杏寿郎が助かる未来になったとしても、代わりに別の誰かが死ぬのであればそれを彼が望むとは思えない。
繰り返し考えたところで結局、導かれる結論は同じもので。「早く帰してあげないと」。
もうすぐで一ヶ月。待っていても何も変わらないこの状況下、家でのんびりする気にはあまりなれなかった。
私が外出に付き合ってあげられるのは基本的に週末だけ。なるべく無駄にはしたくない。
「この後行くのでもいいし、明日朝から行くのでも…」とソファーに腰掛けながら隣にいる杏寿郎に聞いてみる。
彼も平日ずっと家にいて退屈してるだろうし、きっとどこかしらに出掛けたいだろう……と思っていたのだが、返ってきた返事は存外乗り気ではなさそうだった。
「うむ…しかし、今日は買い出しも行くのだろう?
君は毎日仕事なのに、休みの日まで出掛けていたら休む暇がないじゃないか」
『それは……』
「出掛けるにしても明日にしよう。明華が体を壊したら、俺も困る」
否定するにも出来ない、もっともなことを言われて黙り込む。確かにこの後は買い出しに行こうとしてるし、土日で出掛けていたらゆっくり休む時間はない。
でも睡眠時間はそれなりに取れてるし、出ずっぱりでもどうにかなる…と思う。少しの間であれば。
続けていたらそのうちガタが来るのは目に見えているから、絶対に大丈夫だと強気に出ることはできないけども。
でも、そうだとしても杏寿郎のためなら多少の無理くらいできるけどな。
言葉には出さずに彼を見上げたら、ふと見たその横顔は何だか元気がなさそうに見えた。
『…どうかした?』
「いや、大したことではないのだが」
『言いたくないならいいけど……』
いつもと変わらない顔に見えるけど、どこか違和感があったのは気のせいではなかったようで。私の質問に思い当たる節があるらしい彼はちらりと視線をこちらにやってからすぐ前に戻す。
無言の時が十秒ほど流れた後、杏寿郎は頭を私の肩に預けるようにしてもたれかかってきた。
「あまり、考えても分からないことを考えるのは得意ではなくて…。君の言葉に甘えるなら、……少し、疲れてしまった」
――君といられるなら、もっと楽しい話がしたい
俺のことであると分かってはいるんだが、
小さくそう漏らした彼に、そっか、と合点がいった。
『(わたしが許してるなら、杏寿郎にはそこまで急ぐ理由がないんだ…)』
彼に何となく元気がない理由を察する。
ストーリーがどうのこうのを気にしているのは私だけなんだ。早く帰らないと物語が変わってしまうなんてことを登場人物である杏寿郎が考えるはずがない。
だから「今すぐ」とか「なるべく早く」とかっていう考え方に、私と彼の間で差が出始めた。
私は早く帰してあげなきゃと思っているから、行ける場所は休みを返上してでも全部行きたいし、試したいことがあれば片っ端から試してあげたいと考えている。
対して彼は、私が家に居ることを許してくれさえすればそこまで急がなくてもと思っているのではないだろうか。私の負担にならない程度に試行錯誤して、そのうち帰れればそれでいいと。
帰れないことへの不安や周囲の人に対する心配との天秤にはなるけれど、私ほど焦ってあれもこれもという気持ちではないのかもしれない。
そしておそらく、平日の間に杏寿郎は帰り方について十分すぎるくらい考えてくれている。それで何も言ってこないんだから、まだ特に良い方法が思い付いてないのだろう。私も分からないままだし。
そうやって悩みながら過ごして迎えた週末。ついさっき言った「どこ行こうか」が、杏寿郎には「早く帰れ」と聞こえたのかもしれない。
『杏寿郎』
「ん…」
そんな素振りを全然見せないから分かりづらいだけで、杏寿郎も気が滅入ってきてるんだ。当然だ、もうすぐ一ヶ月も経つんだから。
名前を呼んだら顔を上げた彼の頭を抱え込むようにして抱き締める。杏寿郎は私を労わってくれたけど、私も杏寿郎のことをもっと労わってあげないといけなかった。
ずっと状況が変わらないことに誰よりも焦ってて困ってるのは杏寿郎だ。たとえ彼のことを想った上での行動だったとしても、彼を急かすような真似はしちゃいけない。
帰ったらいつも変わらない笑顔で出迎えてくれるから気付けなかったけど、気付かないままずっと過ごすことにならなくて良かった。「何でも言ってね」と何回も念を押して言っておいた甲斐がある。
きっと、弱音を吐くのに慣れてない人だから。
「すまない、俺が考えないといけないことなのに」
『全然。自分の意思でここに来たんじゃないんだから、杏寿郎のせいじゃないよ。
わたしもごめんね、邪魔だから早く帰ってほしいわけじゃないからね』
「ああ、分かっている……ありがとう」
抱えていた頭をぽんぽんと撫でる。
杏寿郎でも気疲れすることがあるんだなって思ったけど、杏寿郎も一人の生きた人間だもんね。どんなに明るくてメンタルが強かったとしても、人間ならきっと誰でも休憩を挟まないとやっていけない。
この人が漫画のキャラクターで架空の存在であっても、多分それは同じなんだと思う。
back