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『ぎゅってするのは癒しの効果があるって、昔どっかで聞いたことがあるんだ』


「ふむ…確かに、明華といると癒される」


『ほんとに?』


「本当だ」




ハグで少しでもストレスが減ってくれてたらいいのだけど。そう思ってたら、割と好意的な返事が来て嬉しくなる。
私は杏寿郎の存在がすでに癒しだからあれなんだけど、ちょっとでも役に立てるなら良かった。


出掛ける予定がないなら買い出しは午後に適当に行けばいいか。今日はこのまましばらくソファーでうだうだしてようかな。
ストレスよ消えろと念じながらもふもふと頭を撫でていたら、指に引っ掛かるものがないことに気が付いた。




『今日は髪の毛結んでないんだね』


「ん?ああ、そういえばまだだったな」


『杏寿郎は髪下ろしててもかわいいね』


「可愛いか…?」




腕の中から怪訝そうな声が聞こえる。彼の場合は単純に髪の毛が邪魔だから結んでるんだろうけど、上げてても下ろしててもかわいいな。
ハーフアップって慣れてないと地味に難しいから、ヘアアレンジをほとんどしない私からするといつもぱぱっと上手にまとめている杏寿郎はすごいと思う。

「わたしも杏寿郎と同じ髪型にしてみたいな」とぼやいたら、「結んでやろうか?」と彼が体を起こした。




『え、ほんと?』


「ああ。上手くできるかは分からないが」




髪留めはあるか、と聞かれたのでちょっと待っててと言ってから走って取りに行く。
なんと、本人に結んでもらえるらしい。わくわくしながらリビングに戻り、櫛と髪ゴムを渡してから杏寿郎の前に後ろ向きになるように座った。




「痛かったらすぐに言ってくれ」




後ろから優しい声が降ってきて、杏寿郎の指が私の髪に触れる。


他人に髪を結んでもらうのは何年ぶりだろう。小学生の頃はお母さんに髪を結ってもらってたけど、歳を重ねている間にそのうち自然とやらなくなった。
大学の卒業式で美容院のお姉さんにやってもらった以来かな、多分。

相手が男の人であることもそうだけど、やってくれるのが杏寿郎だからか必要以上に心臓がドキドキしていた。




「明華の髪は綺麗だな…」




櫛を通しながら杏寿郎が呟く。急だったので、反射で「そうかな」とだけ控えめに返した。
髪の毛に気を遣ったことがほとんどないので綺麗かどうかは分からない。染めたりパーマをかけたりしてない分、もしかしたら傷みは少ないかもしれないけれど。
髪に関しては女子力がないのがある意味で幸いしている部分はあるかもしれない。


手元に鏡がないのでどうなってるか分からないけど、サイドの髪を集めて後ろで束ねている様子は感覚で分かった。
ゴムで縛る段階で「もう少しきつくしたいんだが」と言われ、「大丈夫だよ」と答えるとギュッと落ちないように留めてくれる。

最後に「できたぞ」と満足そうな声で言われたので、早速見てみようと思いカバンの中に入っていた手鏡を探した。




「君は俺と違って髪がハネてないし長さも揃ってるから、少し雰囲気は異なるが…」


『わーい!ありがとう!』




手鏡を探し当てて覗き込む。ロングヘアだからあんまりシルエットは変わらないけど、耳の横に後ろ髪がないだけでずいぶんすっきりしたように見えた。
何より、杏寿郎と同じハーフアップになれたのが嬉しい。




『ふふ、お揃い』




後ろで小さくまとめてある髪の毛に手をやる。
今までヘアアレンジにそこまで興味がなかったけど、これだけでも出来るようになったら気分が違うかもな。仕事でつまらない日でも髪型ひとつでテンションが上がるかもしれない。
メイクとかネイルとかもそうだけど、たとえ自己満足でも自分が嬉しくなれるならそれだけでやってみる価値はあるよね。


女子力がなくても一応私は女なので、つい聞きたいことができて杏寿郎の方を振り向く。




『ねえ杏寿郎、かわいい…』


「君はどうしてそんなに可愛いことしか言わないんだ」


『!』




振り向きざまに抱き締められて驚く。かわいい?って聞こうと思ったのだけど。杏寿郎なら嘘でも頷いてくれそうだから。
予想外のことにびっくりしたけど、褒めてもらえたのが嬉しくて気付けばもう一回聞いていた。




『かわいい?』


「ああ、可愛い」


『ふふ、杏寿郎には負けるけど』


「どうしてそこで俺が出てくるんだ…」


『わたしの可愛いの基準が杏寿郎だから』


「なんだそれは……」


『ふふ、ありがとう杏寿郎』




「今日はこれで買い出し行こ」と言ったら、「後で俺も結んでこよう」と杏寿郎が言う。そういえば今は下ろしてたね。
ふわふわの赤と黄色の毛を頬に感じながら、伝わる体温に目を細めた。




『…ねえ。杏寿郎さえ良かったら、明日は浅草にでも行こうか』


「浅草?」


『うん。古い町並みで有名な観光地でね。
杏寿郎と深い縁はないかもしれないけど……週に一回は気晴らしにどこか遊びに行って、ついでに何か発見があったら儲けかな…って』




今度は私が杏寿郎の肩に頭を預ける。


彼は「疲れた」と言っていたと同時に罪悪感も持っていた。だったら、もうちょっと気楽な感じで帰る方法を探せないかな、と。
遊びに行ったついでに帰れたらラッキー。もしくは何か手掛かりが見付かればラッキー。何もなくても、“行動に移した”という事実は残る。
これなら帰るために何もしてないわけじゃないし、多少は気持ちが軽くなるんじゃないだろうか。…ダメかな。

場所を浅草にしたのはもちろん原作漫画に出てきたからだったけど、あえてそこには触れずに話を進めてみる。




「ああ、それで明華が良いのなら。
俺も君と出掛けたくないわけじゃないんだ。むしろ出掛けていいなら、何処にだって行きたい」


『うん、いろいろあるもんね。…いろいろ』


「ああ。難しいな」




たくさん遊びに行きたい。バレたら大変なことになる。
もっといろんなことをしたい。あんまりこっちにいたら向こうが困る。
帰ってほしい。帰ってほしくない。
上手くいかないもんだな、いろいろと。


お互いに考え込んだのか、二人揃って黙った私達はそのまましばらくその場で動かなくなって。
次に我に返ったのは、私のスマホが12時にゲームの通知を受信して震えた頃だった。






疲れモード


(……そろそろお昼食べよっか)
(そうだな…)





END.



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