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「(外に出るのもだいぶ慣れてきたな)」
窓の外の流れていく景色を眺めながら、異世界の列車の中で揺られていた。
今日の行き先は浅草。すべてが新しいこの世界の馴染みのある地名に、どこか安心を覚える。
浅草はそのまま残っているんだな。俺の生まれた町は、ここでは名前が変わっていたから。
またあの日みたいに気を落として帰ることになるかもしれないが、何かが進展すれば良いなと思いながら明華の腕に掴まる。
『次はあの線ね』
休日。どうしても避けることのできない人混みの中、明華が上から吊り下がっている看板を指さした。
なくさないように上着にしまっておいた切符の存在を片手で確かめつつ、二人で乗り換えのための改札を目指す。
こちらの世界にしかないものにもだいぶ慣れてきた。
文字が浮かび上がる不思議な券売機の画面、人がやらなくても自動で精算される改札、ただ歩くよりも楽に移動できる“エスカレーター”や“エレベーター”。
俺が知らないだけで、ここの人間なら日常生活で普通に使っているもの。いちいちもたついていては周囲の人から変な目で見られてしまう。
たとえそれを俺が構わなくても一緒にいる明華には迷惑だ。なるべく早く慣れるように、でも怪しい人だと思われない程度に、周りにいる人の動きを観察した。
おかげでかなり自然に外を歩けるようになったと思う。回数を重ねていることももちろんある。
まだまだ気になるものは街にたくさん溢れているが、今はとにかく手掛かりを見付けることに集中しなければ。昨日は随分甘やかしてもらったからな。
明華の金と時間を無駄にしないためにも、今日を「ただ遊びに行っただけ」で終わらせたくはない。
しばらく長い一本道を歩いていたらそのうち改札が見えてきて、上着に手を突っ込んで切符を指で摘まむ。
改札を通るために一時的に明華の腕から離れた、その時だった。
「(…え?)」
ドン、と横から身体に何かが勢いよくぶつかってきた。弾かれるような身体はしていないので転ぶことはなかったが、一瞬ぐらついた隙に自分の前に大きな影が入り込む。
それがかなり慌てた様子の男性であることは見れば分かったが、それよりも問題なのは明華が先に改札の向こう側へ行ってしまったことだった。
「っ、」
一人ずつ清算するために一度閉まる扉。内側に取り残される自分。その間に、背の低い明華の姿が男の背中で見えなくなる。
周りには、俺と同じように改札を通り抜ける人、人、人。
ドクン、と大きく心臓が波打った。
「――明華!!」
見えなくなった彼女に向かって叫ぶ。
たった一人、間に挟まっただけ。落ち着いて合流すればさほど問題はない。
明華も俺が来なかったらすぐに戻ってきて探してくれるだろう。
頭では理解していたが、先に口が動いていた。
今ここで、あの子とはぐれたら――俺は今後、どうすればいいのだろう?
『レン!』
「明華…」
『ご、ごめん…もしかして割り込まれた?』
「……」
呼んだらすぐに走って戻ってきた明華が俺の腕を掴んで、人の流れから逃げるように改札から抜け出す。
邪魔にならないように端に寄ってから心配そうに覗き込んでくる彼女の服を、気付けば握りしめていた。
――心臓が、煩い
『ごめんね。不安にさせたね』
「いや…ちゃんと着いていけなくて悪かった」
『ううん。次からもっと直前まで腕掴んどくね』
明華が優しく声を掛けてくれる。まだ心臓の鼓動は速いままだった。
何事も慣れてきた頃が一番危ないと言うが、まさにその状態だった。
万が一離れたときの段取りは決めてあるし手順も紙に書いて持っているが、いざそうなるかと思ったら途端に怖くなった。鬼相手にすら恐怖を感じないのに。
明華と離れたらこの先どうなるか分からない。それが想像以上の恐怖だった。
繰り返し深呼吸しているうちにようやく心臓が落ち着いてきて、「もう大丈夫だ」と言って明華の腕を取る。
騒ぎにならなかったから良かったものの、咄嗟に大きな声を出してしまった。これも反省点だ。俺はあまり外では喋ってはいけないのに。
次も同じようなことになったらどうするか、今のうちに考えておかなければ。
歩き出したらすぐにすれ違った知らない家族連れを見て、ふと思ったことを口に出した。
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