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『…あれ?今日夜までに帰れなかったら、うち泊まる…?』
「ん?ああ、君さえ許してくれるなら」
『煉獄さん、身一つで来た…よね?』
「ああ。持ってるのはそこの刀くらいだ」
壁に立てかけてあった日輪刀を指さす煉獄さん。もしかしなくても今夜の着替えすらないのでは。
消耗品やタオルくらいなら貸せるけど、この体格差じゃ服は貸せない。下着なんか論外。歯ブラシ、予備あったっけ?
いろいろと焦りを感じ始めて一人で冷や汗を流す。服くらいになるとスーパーには期待できない。呑気にお弁当食べてたけど、二人分となると夕飯の買い出しも追加でしたいし、作る時間や明日の話をすることを考えると今すぐ出掛けた方がいいのでは。
『煉獄さん、わたしこの後ちょっと買い物行ってくるね。うちに煉獄さんが着られる服がない』
「気にしなくていいぞ?これを着回せば…」
『いや、買ってくる。最低限パジャマと部屋着と下着だけはないと困る』
「俺は男だし、気にしな 『いや、買ってくる』 ……」
煉獄さんの普段がどうなのかは置いといて、今現代この国では毎日風呂に入って着替えて寝るのが一般的だ。どうしてもそれができない状況なら致し方ないが、ここは私の家。買ってきさえすれば問題ない。
外に出ないと考えると汚れることもそんなにないだろうが、うちにいるなら着替えて欲しい。汚れの度合いとは関係なく、何となく感覚的に。着回すにしてもどのみちどこかのタイミングで洗うわけだし、洗ってる間素っ裸でいられても困る。
煉獄さんがどう思おうと買いに行くことに決めたので、その強い意志を彼に伝える。男の人の服なんて買ったことないけど適当に買って来よう。サイズさえ間違わなければきっと何とかなる。ならなかったらまた買いに行けばいい。
「店は遠いのか?突然消えるかもしれない男に、そんな無理をしなくていいぞ?」
『その時はその時だから。これ食べたら出掛けるね』
買ってきた薩摩芋を包みから取り出す。
素手で割ろうとしたら、「俺がやろう」と煉獄さんに芋を奪われた。ああ、そういうとこ。向こうでもモテるんだろうな、この人。
はい、と渡された芋は綺麗なきつね色をしていた。
「わっしょい!」
『ふふ、わっしょい』
「…む?返されたのは初めてだ」
『だろうね』
芋を食べてわっしょいと言うのは煉獄さんくらいだと思う。というか、大声を出しながらご飯を食べるのはこの人くらいだと思う。
どうやら自覚はあるらしく、驚かない私に逆に驚かれた。まあこの声のボリュームに対してノーリアクションなのは変か。知ってたから驚かなかっただけだけど。
少し駆け足で芋を食べ切ってさっさと出掛ける支度をする。もともと仕事に行こうとしてたから身支度が済んでいたのはラッキーだった。財布と鍵だけ確認して上着を羽織る。
来て早々留守番を頼んで申し訳ないけど、こればかりは仕方がない。連絡手段がないのが痛いな。一人暮らしだから電話は自分のスマホ以外持っていない。
『台所とか、危ないものがあるから触らないでね。わたしの部屋は、ひっくり返さなければ…ってそんなことはしないだろうけど。昼寝するなら布団適当に使っていいから。暇だろうからこれ置いとくね』
最寄り駅周辺で済まそうとはしてるけどなんだかんだ数時間は掛かるだろう。その間何もすることがないのは可哀想だ。
ゲームは暇潰しにもってこいだけど教えるのに時間が掛かりそうだし、テレビは何がやってるか分からないから番組によっては悪影響があるかもしれない。そう思うと鬼滅以外の漫画がちょうどいいかなと思い、同じジャンプ作品である某漫画をまとめて本棚から引っ張ってきてリビングの机に置く。これなら何か疑問があっても「作り話だから」で乗り切れそうな気がした。
読み方が分からないかと思い軽く説明だけして、カバンを持って玄関に向かう。
『帰ってきて誰もいなかったら、察するね』
「…ああ。その時のために礼だけ言っておこう。いろいろとありがとう、中藤」
『うん。…ねえ、ひとつだけお願いしてもいい?嫌だったら断っていいから』
「何だ?言ってみてくれ」
俺にできることなら、と見送りに来てくれた煉獄さんが微笑む。
さっきは歩いて5分も掛からないスーパーに行ってきただけだから何も考えなかったけど、今から数時間家を空けるとなると。
張り切ってこの人のための買い物をしたのに、帰宅したら本人がいませんでした、なんて未来が思い浮かんでは消える。
こんなことを頼むのは申し訳ないし恐れ多いけど、もしかしたらこれが、最初で最後かもしれないから。
『ほんの少しでいいから、…抱き締めて欲しい』
絞り出した声は、震えていた。
「いいぞ。お安い御用だ」
――これでいいか?
間髪入れずに抱きすくめられて、自分で言い出したのにその行動にびっくりしてしまった。
首の後ろに逞しい腕が回される。抱き寄せられた厚い胸板は、服の上からでも鍛えられてるのが分かった。
どくんどくんと鼓動の音が聞こえる。――ああ、生きてる。この人が、この世界で。
少しだけでいいと言ったのに、彼は私が満足するまでこのままでいようとしてくれたみたいで。
思っていた以上に長い時間、抱き合ったままその場に立ち尽くした。
「喜んでもらえただろうか?……!」
『ありがとう。行ってきます』
これ以上抱き合っていたら泣いてしまいそうで、まだ腕に温もりが残っているのを感じたまま足早に家を出る。
バス停に向かいながら、最後になるかもしれないならもっとちゃんと彼の顔を見ておけば良かったと思った。
ここにいる
(夢、じゃない)
END.
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