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『指輪…は、着けないよね……』
「ん?そうだな…したことはないが、持ち帰るという意味でなら丁度良いかもしれないな。外れにくそうだ」
『お揃いの指輪が欲しいって言ったら……レンは嫌?』
「嫌なはずがないだろう?」
何故かしおらしくなった明華の頭を撫でる。なんで君がしょげる必要があるんだ。
こちらでは刀を振るうこともないし、指輪をしていても特に問題はないだろう。首飾りや耳飾りよりも頑丈そうで失くしにくいようにも思える。
向こうに着いたら戦闘で壊さないように指から外して、どこかに大事にしまっておけばいい。
俺の言葉に明華は目を輝かせて、「せっかくだからおもちゃみたいなのじゃないのがいいな」と言ってスマホを取り出した。
『近くにジュエリーショップがあるみたい!そこ行ってもいい?』
「ああ、もちろん」
寺はもう見たし、商店街も行き帰りで大体見て回れた。“収穫”がないのは心残りだが、ないものは仕方ない。
まだ行っていないところはたくさんある。地道にめげずに続けるしかあるまい。
ぎゅっと明華と手を繋ぎ直して、次の目的地へと歩を進めた。
――
「ペアリングをお探しですか?」
『はい』
先程とはまた違った煌びやかさを持つ店内へと足を踏み入れる。
“指輪が欲しい”と言った明華は指輪がたくさん飾られているガラス張りの棚を眺めて、ほどなくして店員が声を掛けてきた。
人が近寄ってきたので俺は帽子を目深に被って黙ってやり過ごす。その間に明華が話を進め、店員の案内により二人で並んで椅子に腰掛ける。
机にいくつか指輪を用意した店員から明華がいろいろと説明を受けているのを、少し俯きながら俺も隣で聞いていた。
「(に、二万…!?)」
彼女が候補らしき指輪を手に取ったが、それについていた小さな値札を見てぎょっとする。
見えた数字は「19,800」。約二万。それもひとつ二万円だ。さっき買った髪飾りの比ではない。
確かに見た目からして高価なものには見えるけども。
ちらりと他の指輪も見てみたがどれも似たような感じで、安くても一万円、高いものは五万円もした。これのうちのどれかを俺に買おうとしているのか?
お揃いと言うからには二つ買うのだろう。つまり倍額。
他のにしようと言いたくなったが、そもそもここは彼女の希望で来た店で。下調べもしていたし、こういうものを売っているところだと知っていて入ったはずで。
店員の案内も断らなかったし、今も特に渋るような感じもなく指輪を見比べている。値札は目に入っているだろう。それでこれなら、俺がとやかく言えるものでもないのでは。
代金も俺じゃなくて彼女が支払うわけだし。…いやでも、それにしても少し高値過ぎるのでは。
結局俺が言い出す前に明華は品物を決め、「どう?」と聞かれて頷くことしかできず、流れるように指の太さを測られるとすぐに綺麗な箱に入った指輪が二つ目の前に用意された。
「君はまた、俺にそんな高いものを…」
『え?いいの、わたしが欲しいんだから』
「お金があったらもっと高いやつにしてた」と会計を終わらせた明華が言う。もうこれ以上高いものは買わなくていい。
店員に見送られて店を出ると、髪飾りと同じように早速彼女は品物を開封して身に着けた。
『ね、手出して』
右手、と言われたので右手を差し出す。太さを測ったのは右の薬指だった。
明華の細い指が俺の手を取って、買ったばかりの指輪を丁寧に嵌めてくれる。
根元までしっかり嵌まったのを確認してから自分の右手を眺めた。
彼女のよりも一回り大きい銀色の指輪が、日の光を受けて鈍く輝く。
「ありがとう。大事にする」
『うん。わたしこそ、ワガママに付き合ってくれてありがと』
「これを俺に贈ることが“我儘”なのか?…明華は本当に、俺に金を使うのが好きだな」
『うん、すっごく楽しい!』
「それは何よりだが、俺は何も返せないぞ?」
『もうたくさんもらってるからいいの。貢ぐのは趣味だし』
「み、貢ぐって……」
手を繋ぎ直して歩き出す。指輪が引っ掛かるのが少し気になったが、まあ最初のうちだけだろう。慣れればなんてことはない。
それよりも明華の言葉選びがなかなかのものだったので思わず突っ込んでしまった。「貢ぐ」なんて、人生で初めて言われた。
これのお返しは何にしよう。歩きながらそう考えていたが、明華の言葉で思考が止まった。
『お返しなんかいらない。何も貰えなくても、わたしはレンのために働いてレンのために動くよ。
ただ好きだから喜んでほしいだけ。恋って、そういうものでしょ』
周りに人がたくさん歩いている中で、歩いている最中に、何の前触れもなく。
唐突に言われたことがすぐには理解できなくて、何度か頭の中で噛み砕いてからひとつずつ飲み込んでいく。
――コイ? …恋?
「お……俺のことを、恋愛対象として好きだったのか?」
『え?そうだけど?』
「そ、そうなのか…」
『え、逆に何だと思ってたの?』
「いや…尊敬とか、憧憬とか……?」
『しょうけい?しょうけい…ああ、憧憬ね…。
もちろん尊敬してるし憧れもあるけど、一番はやっぱり恋かなあ』
さも当たり前のように、いつもの会話と同じように言うものだから余計に混乱した。しかもこんな所で。
明華が俺を、恋愛対象に見ていた。知らなかった。成り行きとはいえ今では一緒に生活している仲なのに。
わざわざ本人の前で言ったのだから、これはきっと告白というもの…だろうな。全然そんな風には見えないが。
見えないどころか普段と全く変わらない。これこそ恥ずかしがってもいいところなんじゃないのか。今更俺の聞き間違いではないとは思うのだけど。…いや、聞き返したんだから間違いようがないだろう。
どう返すのが正解なんだ。俺はなんて返せばいい。
握った手に無意識のうちに力を込めていた俺のことを、隣の明華はどこか不思議そうな顔で見上げていた。
収穫あり?
(思っていたのと違う…)
END.
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