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その夜は眠るのに苦労した。




「………」




目覚ましが鳴り、腕の中の明華が居なくなった後でぼんやりと天井を眺める。

昨晩はやけに眠るまでに時間が掛かった。外出していたから一日家で過ごしているときよりも疲れていたはずだが、布団に潜ってからもしばらく目が冴えていた。

明華に「好き」だと告げられてから、頭からどうしてもそのことが離れない。




『杏寿郎、行ってくるね』


「! ああ、行ってらっしゃい…」




もう何度目かも分からないくらい繰り返しているのに、今日は変に動きがぎこちない。
しかし明華は特に気にする素振りもなく、少し身を屈めて俺の肩口に顔を寄せる。

ぎゅっと軽く俺を抱き締めた後、ひらひらと手を振って彼女は仕事へと出掛けて行った。




「……はあ…」




誰も居なくなったその部屋で、一人大きな溜息をついた。


あれだけ本人から気にするなと言われたのにまだ引きずっている。
多分このままいくと数日間……いや、一週間くらいは引きずりそうな気がする。もしかしたらそれ以上かもしれない。
気にしたところで仕方がない、どうにもならないという結論は自分の中で出したはずなのに、考えないようにしようと思えば思うほどに考えてしまう。

そしてそれはおそらく彼女にバレていて、だとしたらこの先もずっと気を遣わせることになる。




「(もとは明華が言い出したこと…ではあるが、俺が気付いていなかったことにも問題があるわけで……)」




どっちが悪い、とは言えない状況。そもそも悪いことでも何でもないのだが。
ただ明華が、俺を恋愛的な意味で好きなだけで――それは悪いことどころか、良いことであるくらいだ。
こんな状況じゃなかったらもっと素直に喜べていたのにと思う。


色恋沙汰について今まで真面目に考えたことなどなかった。
煉獄家の長男である以上はそのうち跡継ぎのことを考えなくてはならないから、いつかは両親のように大事な相手を見付けることになるのかと思うことはあった。が、今は仕事が忙しくてとてもそれどころではない。色恋どころか普通に遊ぶ暇すらない状態だ。

仮に縁があるとしても、自分にはまだずっと先のことだろう。そう思っていた。




「(せめて明華と同じ世界に生きていたら……)」




また違ったのかもな、と。考えても無駄な“もしも”の世界を考える。
もし明華が俺の世界の人だったら。俺が明華と同じ世界の人だったら。きっと状況は違っていた。


俺が明華の告白にどんな結論を出したところで変わらない。どのみち俺は向こうへ帰るからだ。
彼女はきっとそれも込みで「気にしないで」と言ったのだ。いくら考えたところで意味がないから、と。




「(でも……明華の気持ちを無下にしたくない)」




彼女はもう、俺にとって大事な人だから。
昨日貰った右手の指輪を見て目を細める。

気にしないように意識すれば、もしくは気にしないふりをし続ければ、また明華と前のように過ごせるのかもしれない。でもそれは彼女の気持ちを知っておきながらあえて無視するということであって、本人が良しとしても俺が許せない。

たとえ応えることができなくても、寄り添うくらいはできるのではないか。一ヶ月共に過ごして仲良くなった人からの好意だ。少なくとも傷付けたり、蔑ろにしたりはしたくない。
そのためにももう少しだけ明華の抱える感情を詳しく知っておきたい。何も知らなかったら寄り添い方が分からないし、知らぬ間に不快な対応をしてしまうかもしれない。




「……(とりあえず朝飯を食べるか…)」




二度寝もできそうにないので起き上がる。
どうしても考えてしまうならそれはそれで隠さない方がいいだろう。どうせ俺は隠すのが下手だろうから。
変に隠して気まずいのが続くくらいなら、最初にすべて打ち明けてすっきり過ごした方が互いのためだ。


明華が置いて行ってくれたあんぱんを齧りながら、今日一日の過ごし方について考えた。







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