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――




「恋をするとはどんなものだ?」




夜、向かい合って食事をしていた明華の手が止まった。




『…そんな気負わなくていいよ?』


「そういうんじゃない!ただ俺は…明華が好きだと言ってくれているのに、理解しきれていないのが嫌で……」




いつ切り出そうか迷っていたが、寝るまでには話したかったので思い切って聞いてみた。


今日は“帰り道”そっちのけでずっとこのことを考えていた。どうやったら明華の気持ちを無下にせずに、お別れのその日まで楽しく過ごせるのか。
知らずに過ごしていた頃にはもう戻れない。何となく気まずい雰囲気のままこの先を過ごすのは嫌だ。かと言って彼女の「気にしないで」を実行するのも嫌だ。気にしないふりが上手くできる自信もない。

明華の気持ちに応えられないことはどうしようもないから、それ以外の形で何か良い方法を見付けたい。ただ、そのための経験や知識を俺はほとんど持ち合わせていない。
本人に直接聞くのはどうかとは思ったが、他に聞ける人もいないし調べる手段もなかった。だから聞いてみた。
一日考えてみたが、これくらいしかできることが思い付かなかった。

それに、明華なら俺のこんな愚かな質問でも許してくれるんじゃないかと――そう思った。




『…ん〜……。人によっていろいろあると思うから、一概には言えないけど…』




かなりざっくりした聞き方だったため答え方に悩んでいるみたいだが、迷いながらも真剣な顔で言葉を返してくれる明華。
あまり気安くできる質問じゃない。聞き逃すまいと、俺も真剣に話を聞いた。




『たとえば、何でもないのにやたらとその人のことを考えちゃったり…』


「ふむ…」


『無意識のうちに目で追ってたり、その人が自分をどう思ってるのかやけに気になったり……』


「……」


『傍に居るだけで嬉しいと思ったり、安心したり…逆にドキドキしたりして』


「………」


『あとはただ笑っててほしいとか、独り占めしたいとか思うくらいに特別好きだなって思うこと……かな?』




迷いはあるものの、徐々に弾んでいく声と楽しそうな表情。
今まですぐ隣で見てきた笑顔がそこにある。「最初からずっと好きだった」という言葉を体現しているようだった。


――思っていたよりもたくさんの単語が返ってきたな。
一言で「恋」とは言うけども、そこにはいろいろな感情が混ざっているらしい。そしてそれらがきっと、今明華が俺に向けているものだ。
言われたことを踏まえてこの一ヶ月を思い返せば、思い当たる節はたくさんあって。

明華はいつも俺を気に掛けていたし、よく俺のことを見ていた。何かにつけて俺が喜ぶことをしようとしてくれたのも最初は何故そこまでするのかと疑問に思っていたが、恋からくるものだと分かれば自然なことに思えた。
「独り占めしたい」という我儘を言われたことももちろん覚えている。撫でたら照れるのも、俺が笑うとつられたように笑うのも、あれもこれも全部。

知らない間にこんなにたくさんの“恋”の感情を、俺は受け取っていた。




「(…、あれ?)」




じゃあそれを参考に、今後俺ができることは何だろうかと改めて考えようとして。ふと思考回路がそこで止まる。
明華に知らないことを聞いたはずなのに、どうも俺は身に覚えがある気がした。


「ただ笑っていてほしい」。俺も明華に同じことを思う。
彼女の泣いている顔は見たくない。俺のせいで悲しんでいるなら、余計に強くそう感じる。

「一緒に居て安心する」。これも同じだ。
知らない世界にいるという不安でそう思うのかもしれないが、明華には元から人を安心させるような柔らかい雰囲気があると思う。
明華だからこそ俺は黙って着いて行って、今もなおここに居座り続けているのではないか。この安心感が他の人からも同じように得られるものかと聞かれると、正直簡単には頷けない。

何でもないのに明華のことを考えたり、目で追ったり。
…している気がする。この家に彼女以外の人がいないからというのもあるが、それは町の人に興味がない理由にはならない。




『言っとくけど、もし好きな人ができてもわたしには絶対言わないでよ?杏寿郎のこと追い出すことになっちゃうんだから』


「…、えっ?」


『他の子見てる杏寿郎なんて家に置いといたら、わたし嫉妬で何しでかすか分からないもん……危ないから出てってもらう』


「そ、それは大丈夫だ。君の心配するようなことは起きない!」


『…ほんとに?』


「本当だ!」




むっとする明華、その向かいで慌てる自分。
動揺していることはバレているだろうが、多分彼女は俺の本心には気付いていない。

別に「家から追い出されるかもしれない」という可能性に慌てているわけではない。それは絶対に有り得ないからだ。
何故なら、俺の好きな人は――…




『疑問は多少は解決した?』


「あ、ああ……」


『それなら良かった!』




「ご飯冷めちゃったね」と言って明華が俺の皿を持って立ち上がる。
何も言わなくても俺のために動いてくれる彼女の背中を、礼すらも言えずにただ黙って眺めていた。






付いちゃった?


(………)




END.







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