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――




「(何となく分かったかもしれない…)」




いつものように二人で布団に潜って、後ろから明華の腰に腕を回す。

あのとき偶然見掛けた名も知らない人たちを思い返していたら、何となく“恋”というものが分かったような気がした。
きっと明華の言っていたような感情を抱いていて、かつ家族や友達とはしないことをしたくなる相手が「それ」だ。だとすれば自分にはそんな人はいなかったから、ピンとこないのも無理はない。




「(…明華も……)」




俺とそういうことをしたいのかな、なんて。考えてみて顔が熱くなる。
遊園地で見掛けた中で一番覚えていたのは、遠目でも分かるくらい何度も唇を寄せていたあの二人のことだった。

さすがに年齢も年齢なので俺も知識くらいは持っている。経験はないし、自分が誰かと…といった想像をしたこともないけれど。
明華に最初に言われた「抱き締めて欲しい」もそういう意味だったのだろうか。だとしたら今までの全部がそうだった?
今もこうやって抱き締めているけど、俺は男として意識されているのだろうか。


俺はどうだろう。明華と“そういうこと”をしたいと思うか?




「……、っ」




明華の髪の毛からふわりと石鹸が香る。


わざわざ自問自答せずとも答えは出ている気がした。
観覧車に乗っていたら明華が目の前で泣いてしまって、咄嗟に――

咄嗟に、俺はあのとき、何をしようとした?




「(…やっぱり、……口付けしようと、…)」




思い出して熱がぶり返す。

あの瞬間、気付いたら明華の肩を掴んでいて。顔を近付けて、すんでのところで我に返って慌てて抱き締めた。
あれは直前に仲睦まじい男女を見掛けていたとか、狭い空間に二人きりになったとか、そういう“場の雰囲気”に呑まれてやらかしそうになったのかと思っていたけれど。今思えばなんてことはない、ただ俺がそうしたくてそうしただけみたいだ。


自分で気付かなかっただけで、あの頃にはもう明確に明華を「好き」だったんだ。




「(………好き……)」




改めて反芻して、飲み込む。好きって、こういうことだろうか。俺も明華と同じ気持ちを抱けているだろうか。
すぐ傍から寝息が聞こえる。さっきまで変な緊張があったのに、受け入れたと同時に楽になった。

安心する。本当だ。ただそこに居てくれるだけでとても心が穏やかになる。
でも明華と同じ家で暮らしているんだと思ったら今度はドキドキした。そんなの一ヶ月前からだろうに。今更。
一緒にご飯を食べて一緒に寝て、休日は一緒に出掛けて。まるで新婚生活のようだ。よもやこんな恵まれた環境に身を置いていたなんて。
明華は元から俺が好きなのだから、俺が好きになったらその時点で両想い…ってことで、良いんだろうな。
明日起きたら、俺の気持ちに整理がついたことを言ってみよう。明華はどんな顔をするのだろう。


心地の良い微睡みに襲われて、気付けば意識を手放していた。




――




遠くから目覚ましの音が聞こえる。横でもぞもぞと動く気配を感じて、うっすらと目を開けた。




「…明華、……」


『おはよ、杏寿郎』




小さな手が俺の頭を撫でる。俺を呼ぶ声は眠たそうだ。
今日も彼女は仕事であることを分かりながら、行ってほしくなくて手に力を込める。あと5分、いや3分でいいから、もう少しだけこのままでいてほしい。

俺が抵抗したことに疑問を持ったらしい明華が、頭を撫でたまま「どうしたの」と優しく言った。




「(…、両想い……)」




目覚め切っていない視界がぼんやりと掠れる。

脳にあったのは昨日の夜に考えていたことの続きだった。そうだ、俺にもやっと“恋”が何となく分かったんだ。意識がはっきりしないまま片腕を伸ばし、明華の身体を引き寄せる。
顔を近付けたら、柔らかいものが唇に当たった。




『…あの、杏寿郎……?』


「ん、…?」




思ってたのと違うな、と。薄目を開けたらすぐ目の前にいた明華は困惑した様子だった。
唇に当たったのは彼女の手のひらで、やんわりとだったが俺がこれ以上近付けないように阻止されていた。
「寝ぼけてる?」と続けて言った明華は、「まだ寝てていいからね」と俺に布団を掛け直すとどこか駆け足で部屋を出て行く。

何で拒まれたんだろうと不思議に思いながらもとりあえず横になった俺は、ようやくそこで目が覚めて自分のやったことに気が付いた。




「……、(やってしまった…)」




数十分後、支度が出来たらしい明華がもう一度部屋に戻ってくる。

見送り代わりの抱擁が今日はどこか遠慮がちで、一人になった布団の中で痛み出した頭を抱えた。






違えました


(先走った……)




END.








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