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「……」


『……』




時計の針が“12”に近付いていることに気が付いたのはほぼ同時だった。
杏寿郎が壁に掛けてあった時計を見て黙り込んだので、私も一緒になって黙り込む。アナログの時計だから完璧に合っているかは微妙だけど、スマホと比べた感じではほとんど誤差はないように見えた。

あと2分、あと1分。声には出さずにカウントダウンを始める。
…あと30秒、あと20秒。あと、10秒。

ゼロになってからもしばらくは動かず、完全に日付が変わっても何も起こらないことを確認する。


静かな夜。先に動いたのは、杏寿郎の方だった。




『! んっ…』




繋いだ手はそのままに突然口付けられる。それだけでもちょっとびっくりしたのに、流れるように肩を押されて押し倒されたので立て続けに驚いた。
天井を背景に、頭上に見える彼のことを下から見上げる。




『…杏寿郎?』


「明華……もしずっとこのままだったら、俺のこと、婿にしてくれるか?」


『え?ああ、うん…もちろん』


「そうか…ありがとう」




「本当は俺が明華を嫁にしたかったのだが」と、私を押し倒したまま彼は苦笑いして。杏寿郎の口からそんな単語が出てくるとは思っていなかったから思わず少し笑ってしまう。
気に食わなかったのか、「なんで笑うんだ」とむっとした彼に「ごめんごめん」と笑いながら謝った。




『わたしが嫁っていうのが想定外過ぎて…。別にいいんじゃない?どっちが嫁でも、婿でも』


「むう…俺は君に“結婚してください”と言える立場になりたかったんだ……」


『いやいや、そんなのわたしの方から土下座して頼み込むべきことだから』


「そんなことされなくても了承する……」




杏寿郎が肘を曲げて近付いてきて、それを私が受け止める。いつだったか、前に似たような体勢になったときがあったなあ。あのときは焦りまくって彼の顔を押し退けちゃったけど。

腕を回してぎゅっとその頭を抱き込む。
ふわふわの髪が頬に当たってくすぐったい。




『明日の夜、次は一緒にどこ行こうか考えようと思って』


「…ああ、考えよう」


『杏寿郎の行ってみたいところでもいいから、何かあったら教えてね』


「……うん」




今のこの人に私は何を言ってあげられるだろう、と考えて。きっと「一緒に前に進もう」という言葉だと思ったから今日仕事帰りに考えていたことを口に出した。
元気のない姿を隠すことなく見せてくれている彼に、少なくとも「大丈夫」だなんていう適当なことは言えなかった。




『(きっと…何か良い方法があるって、今は信じるしかない)』




ぽんぽんと頭を撫でる。

さっきの彼の話は「仮定」に過ぎない。杏寿郎も多少落ち込んでるみたいだけど、まだ諦めたわけではないはず。本当に諦めたなら、あんな風に変に誤魔化さないでちゃんと相談しに来てくれるはずだから。――冗談でも幻想でも、杏寿郎と結婚の話ができて嬉しかったよ。


横になって隣で静かに寝息を立て始めた彼の頬に、愛しさと応援の気持ちを込めて軽い口付けを落とした。






の未来


(もしかしたら、)
(そういう世界線が、どこかにあったかもね)





END.









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