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“俺のこと、婿にしてくれるか?”
ぴちゅぴちゅと外から小鳥の囀りが聞こえる。きっと今日も至って静かで、平和な一日になるのだろう。
ごろんと寝転がった視界には、随分と見慣れた洋風な部屋の天井がある。
「(何をやっているんだろうな……俺は)」
――もう、まともに刀すら振っていない。
鬼殺隊の皆が聞いたら驚くだろう。柱である俺が、こんなところで一ヶ月ものんびりと過ごしているなんて。
代々受け継いできた「炎柱」という称号を父から引き継いで、日々欠かさず鍛錬を続けて。
鬼の魔の手から民衆を守るために己を鍛え上げて、時には骨を折ったり傷付いたりしながら、名も知らない人々の命を救ってきた。
強く生まれたから、そうではなかった者のために戦うのが俺の責務だった。これからもそのはずだった。
それがどうだ。今や知らない世界にある柔らかい椅子の上で、ただ一人で寝転がっているだけなんて。
「(明華はきっと…俺が諦めるまで、諦めない)」
「次は一緒にどこ行こうか」と言った昨日の彼女のことを思い出す。
明華の方から「もう諦めよう」という類の言葉はおそらく出てこない。資金が尽きるとか、怪我をして動けなくなるとか、そういう“物理的に不可能”な事態にでもならない限り。
ただ、もしそうなったとしても完全に諦めるという手段は取らず、そのときできる最大限のことを俺にしてくれると思う。
このままずっと、闇雲に帰り道を探させ続けるのか。今のところ当たりは引けていないし掠りもしていない。
俺のために使ってくれる時間も金も消費する一方で、この先戻ってくることはない。
「(“諦めよう”と…言うべきなのか?俺が……)」
まだ一ヶ月。されど一ヶ月。諦めるには早いのか、否か。
普段の俺であれば「諦める」などという言葉は辞書に載っていないが、今回は別だ。俺は今、恩人の時間や金と引き換えに生きてしまっている。俺一人の問題ではない。
俺が諦めることで明華の負荷が減るのなら、その選択肢も有りだと思う。思うが、「諦める」ことによってさらに悪化する可能性があるから判断は慎重にせねばならない。
帰ることを諦めるというのはすなわち、この先ずっと彼女の世話になり続けることを意味する。
試行錯誤した挙句帰れないよりかはましかもしれない。でも、彼女に迷惑を掛け続けることに変わりはない。
明華は俺を婿にしてくれると言った。彼女なら本当に、一生俺の傍にいてくれるかもしれない。
でも――“添い遂げる”という人生において大事な役目を担う相手が、果たして「俺」で良いのだろうか?
「(守ることも……幸せにすることも、できないのに)」
無機質な空を眺める。
俺は此処では特殊な人間だから、普通に生きている他の人と違って明華にしてやれることが少ない。現状は外出すら自由にできない身だ。
今のままでは、俺と一緒になって彼女が幸せになれるとは到底思えない。
ただ…もし、此処に留まる決意を俺がしたら。今までになかった方向に話が進むかもしれない。
そう、例えば――「煉獄杏寿郎」という名を捨てて、別人として生きる――と、いったような。実現できるかは分からないが、帰ることを諦め、未来を見据えたときに初めて出てくる選択肢がきっとある。
その中にはもしかしたら、俺でも明華を幸せにできるような……そんなものも、あるのかもしれない。
目を瞑る。
脳裏に浮かんだのは、昨日俺に笑い掛けてくれた明華の顔と、いつ会えるのか分からない家族やお館様の顔だった。
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