1






「思い出したんだ……」




俺の顔に、言葉に、声色に。それがあまり良くない報せであることを感じ取ったのか、明華の顔が曇る。
突然の出来事に話している側の俺もまだ理解が追いついておらず、頭の中を整理するために一旦間を置く。

明華は暗い顔をしながらも、俺が話し始めるまでじっと待っていてくれた。




「やはり鬼の仕業だった。…鬼の異能で、俺は此処に飛ばされたんだ」




先程見た、断片的な記憶の欠片を拾い集める。

昨夜も普段と同じように眠りについたが、今朝、ふと頭が痛くなって目が覚めた。
大したことはなく、じきに良くなるだろうと気にせずそのまま横になっていたが、数分後に大きく波打つように痛くなって。


そのときだった。それまで全く思い出せなかった“あの日”のことを、何故だか急に思い出したのだ。




「俺が此処に来たあの日、俺は直前まで仲間と共に鬼と戦っていた。
妙な術を使う鬼で……何もない空中に吸い込まれるように消えたり、出てきたりするんだ」


『…うーん……沼の鬼みたいな奴かな』


「知っているのか?」


『いや、多分わたしが思ってるのとは別の鬼』




「似たようなのを漫画で見たことがあるだけ」と彼女が言う。もしかしたらそいつとは何らかの関係があるのかもしれない。
とにかくその妙な術を使う鬼と、“あの日”俺は交戦していた。鬼のくせに立ち向かってくる気配がなく、攻撃しても避けられるばかりで、どちらかというと逃げ腰だった。
その能力から察するに、こっそりと人知れず獲物を捕って食らう鬼だったのだろう。




「最初は他の隊士が相手をしていたんだが、すぐに逃げてしまいなかなか捕まらないので俺に回ってきた。
数日掛けて見つけ出し、逃げる隙を与えないよう気を付けながら追い詰めたのだが……奴が最後の足掻きで傍にいた隊士に何かしようとしたところを、咄嗟に俺が庇った」




――そして今に至る。

思い出したことをすべて話し終えると、明華が一息ついてから「やっぱりね」と呟いた。




『異世界に飛ぶなんて変な技、杏寿郎が喰らうわけないと思ってたんだよね。…命に関わる術じゃなくてほんとに良かった』


「うむ……確かに、今思うと少し考えが足りなかったな」


『仕方ないよ、杏寿郎って人のためにすぐ動けちゃう人だから。それで、その“最後の大技”が相手をどこか遠くへ飛ばす技だったのかな?』


「ああ、おそらく。逃げたいだけなら世界の外まで飛ばす必要はないと思うが、追い詰められていたから渾身の力で飛ばしたのかもな…」




空中に消えると言えど、その速度や移動距離には限りがあるようで。鬼との戦いに慣れている俺のような人間なら、気配だけあれば何となく行き先を読むことができた。故に、奴を追い詰められた。
問題が起こったのはその後。空中に消えることができたのは奴の身体だけではなかったらしい。
奴は俺達から逃げることを諦め、代わりに俺達をどこか遠くへ飛ばすことで助かろうとした。

その結果、柱である俺は別世界に。残りの隊士も全員ではなくとも何人かは飛ばされたかもしれない。何なら出会っていないだけでこの世界にいる可能性すらある。

飛ばされた前後の記憶がつい先程まで消えていた理由は分からないが、それも奴が制御していたとしたら――。




「もし記憶を消せるのなら、奴にとってはかなり好都合だろうな。相手が何故飛ばされたのかを思い出している間に、自分は遠くへ逃げることができる」


『だとしたら、相手から記憶を奪えるのが最長で一ヶ月だった?もしくは…』


「奴が……弱って、制御できなくなったか」




思い描いたものが同じだったようで、二人して黙り込む。

突然記憶が戻ったのが、もし奴が弱ったせいだとしたら。完全にこと切れた場合は一体どうなるだろう。
仮にそうじゃなかったとしても、今まで何の手掛かりもなかった中で初めて変化があったのだ。“戻り始めている”と考えておそらく間違いない。

「それ」がいつになるかはまだ不明だが――この先にあるのはきっと、元の世界へと続く道。




 



<<prev  next>>
back