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『なんか…急だったけど、戻れそうな兆しが出てきて良かったね』
「明華……」
完全に目が覚めたらしい明華が、布団の上でぺたりと座り込む。
とても「良かった」などと言える状況ではなかった。当人である俺でさえそうだった。
確かにここ一ヶ月、ずっと探していた帰り道だ。何をすればいいか分からず途方に暮れたこともあった。俺も明華も待ち望んでいた、大きな一歩――のはず、だ。
それでも今は、素直に喜ぶことができない。
「(明華と……別れないと、いけない)」
――嫌だ。
悲しそうに笑う彼女の手を握る。突然の別れなんて最初から想定していたのに、いざ突きつけられると辛い。
これが出会って三日目程度ならまだ良かった。もう一ヶ月も一緒にいて、打ち解けて、ついこの間想いが通じ合ったばかりなのに。
あと少しだけ傍に居られればそれでいいとは考えたが、あまりにも短すぎる。
こうなった以上、帰ることを前提に話を進めるしかない。一分後に俺が此処にいるかどうかも分からない。
どうせ帰るのなら、せめてお互い心残りのないようにしなければ。俯いている明華の肩をもう一度強く掴んで、その顔を俺の方へと向かせた。
「明華。急に一分一秒を争う事態になったので、今すぐ君に聞いておきたいことがある」
『え……う、うん』
「もし俺が……一緒に来てほしいと言ったら、君は俺の手を取ってくれるか?」
『え…』
明華が驚いたように目を見開く。
心の中で申し訳ないとは思いながらも、確かめずにはいられなかった。
「我儘が過ぎることは分かっている。でも……でも、俺はまだ、君と離れたくない…」
尚も驚いている彼女の身体を掻き抱いた。
ずっと考えていた。どうにかして、この先も明華と一緒に生きられないかと。
方法は二択。俺がこの世界で生きるか、明華に俺の世界に来てもらうか。どちらかだ。
つい先日まで、「帰れない」という不可抗力で前者になるんじゃないかと思っていた。そうなったときの心の準備をそろそろ始めなくてはならないと思っていたところだ。
しかし状況が変わった。俺は多分、放っておけば元の世界に強制送還される。明華と居たいなら彼女を俺の世界に引き込むしかない。
もちろんそれでいろいろと失うことになるのは彼女の方だから、簡単に頷いてもらえるとは思っていない。…いないけれど。
明華なら、もしかしたら頷いてくれるんじゃないかって――心のどこかで、俺は確かにそう思ってしまっていた。
『…ごめんね、杏寿郎』
「……、そうか…」
明華が俺を優しく抱き締め返す。
いつも何でも受け入れてくれていた彼女からの、初めての拒否の言葉だった。
「…無理を言って済まない」
『ううん、気持ちは嬉しかった』
「俺は……此処では役立たずだから、向こうでなら君を…幸せにできるかもしれないと、…思ってしまった」
ぎゅう、と肩口に顔を埋める。
明華は俺のこと、とても愛してくれたから。頼み込んだら着いてきてくれるかな、なんて甘い期待をしていた。…自惚れが過ぎただろうか。
もちろん向こうでの生活は俺がすべて保障する。食べる物も着る物も、それ以外の必要な物も――住む家だって、全部俺が用意する。
この世界より不便なことは多いと思うが、出来る限り明華が不自由なく暮らせるように、俺が最善を尽くしてみせる。
それでもやっぱり、どうにも出来ないことがあるのは俺も分かっていたから。
「自分の生きてきた世界を捨てるなんて出来ないよな」と自嘲気味に言ったら、明華は「うーん」と首を捻った。
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