星空に溶ける
「おい、そんな引っ張んな!」
すぐ後ろで不満そうな声が聞こえた。
怒鳴るわけでもなく、かといって小さくもないそれを聞こえないふりをして足を進める。
静かな空間に、足音がふたつ。
「あんまり急ぐと転…!」
『見てダーク!すごく綺麗!』
「人の話を聞け!」
七月七日。
大乱闘メンバーが集まるダイニングの隅っこで、一人暇そうにしていた彼を半ば無理やり連れ出してきた。
すでに辺りは真っ暗、道の両端に一定の距離で設置された街灯だけが私達を照らす。でも私が求めるのはそれすらもない真っ暗な丘の上。
「どこ行きたいんだよ、」
『あともうちょっと』
私のしたいことはまだ伝えていない。文句を言いつつもなんだかんだで掴んだ手首を振り解かないダークの性格を知っていたから連れ出した。
草むらを踏みしめて、ゆるい坂道を上がる。頂上付近の、ぽつんとひとつだけある街灯の近くに場所を見つけて腰を下ろした。
『こっちの方がよく見えるでしょ』
「…まあな」
『嫌だった?』
「…、どうせ暇だったしいいけど……それより大丈夫なのか?暗いのはいいが、敵でもいたら面倒なことになる」
『そしたらダークがなんとかして』
「…お前な……」
隣にいるのに顔がはっきり見えないほど暗い。ちかちか点滅する古くさい街灯なんて気休め程度。
まるで忘れられたように佇んでいたその明かりを、昔誰かの姿とよく重ねていた。
見上げれば満天の星空で。
空いっぱいに散らばる星に胸がいっぱいになる。こんな零れるような星空など私の住む世界では滅多にお目にかかれない。
黒によく映える天の川、その外側で織姫と彦星が一際美しく輝く。やはり一年に一度は見ておきたいものだとここに来るたびに思う。
『ねえダーク、綺麗でしょ………』
一通り目に映してからダークの方を振り向く。着いてから一言も話さなくなった彼は珍しく言葉でも失っているのかと、てっきりそう思っていた。
『……、…』
ふと移した視界の先に、今にも闇に溶けてしまいそうな彼がいて。
声が詰まって、喉に引っかかった。
「………どうした?」
こちらを向いた赤い瞳が街灯のわずかな光に反射して光る。吸い込まれそうなそれに、思わず息を呑んだ。
彼特有の銀髪が風で揺れて、目の前のもの全てがあまりにも綺麗でまるでツクリモノのようだとすら感じた。
「星が見たかったんじゃねえのか?
…俺のことなら別に、いつでも見れんだろ」
『…!
別にダーク見てたわけじゃ』
「じゃあ何見てたんだよ」
『……、それは…』
言葉に詰まって顔を背ける。わざと外した視線は伸びてきた手に捕まってあっさり戻された。光る赤が逃がさないとでも言うように私を映して、ぞくりと背中を何かが走る。
『…っな、なに』
「………何でもねえ。満足したなら、帰るぞ」
少し穏やかに聞こえたダークの声に不意に空気が柔らなくなったのを感じた。後頭部に回っていた手のひらがぽんぽんと頭を軽く叩いてから離れていく。
それからすぐに立ち上がろうとした彼にはっとした。
『ダーク、…もう少しだけ、』
「………わかったよ」
掴んだ手首をやはり彼は振り払わない。一度上げかけた腰を降ろして、ダークは後でマスターに何か言われるのは俺なんだと溜息をついた。
「…消えたりなんかしねーよ」
『!』
左手を掴んだまま離そうとしなかった私を見かねたように。
ダークはゆるりと手を解くとさっきと同じように私を撫でる。
それでも見上げた彼は星空と同じ色をしていて、目を細めていれば「そんな顔するな」と額を小突かれた。
「帰るぞレン」
『…え、もう?』
「もうって……ここで特別何かすることもねえだろ?星も見れたし。
それにお前と長居するとリンクもゼルダもうるせーんだ……だから、帰る」
『はーい…』
今度こそ立ち上がった彼にしぶしぶ私も立ち上がる。心配してくれるみんなの優しさが彼には裏目に出てしまうことを知っていたし断ることはできなかった。
元来た道の方向へと体を転換させれば、目の先にいたダークはなぜかこちらを振り向く。
何も言わずに差し出された手に首を傾げていれば再びの溜息。
「…いいから。早くしろ、帰り道だけだ……暗いし」
「お前に何かあったら俺のせいになる」と吐き捨てるように言われる。
珍しく照れているようなダークに笑ったら、きまりが悪そうな顔をされた。
『ねえダーク、来年も誘っていい?』
「…好きにしろ」
歩幅を合わせてゆっくり歩き出した彼と暗闇の中ではぐれないように、私はその手を強く握りしめた。
星空に溶ける
(離さない)
END.