トゥインクル
「いつでも話したりバカしたりし合う、くだらない関係が続くといいな」
いつだか言っていたアイクの言葉を思い出す。
本当にそう思ってたんだと思う、アイクは。
言葉を曲げたり選んだりするタイプではないから。
それから私は自分の気持ちを隠すようになった。
ああ、それでいいんだと、素直にそう思ったから。
――――
「レン、少し聞きたいとこがあるんだが」
国語の教科書を片手に、身長の高いその人が歩いてくるのが見えた。
聞き慣れている低い声にロッカーで帰り支度をしていた私は振り返る。
「ここ、わかるか?」
『国語?私とってないんだけど』
「でも俺よりはできるだろ」
『んー…ちょっと見せて』
声をかけてきた“その人”、アイクから教科書を借りて軽く読む。
私の時間割に国語の教科はないが、苦手というわけではない。
対してアイクは苦手みたいだが。
「ここの引用じゃないの」と言うと、納得したように「なるほどな」と彼は頷いた。
『じゃあついでに数学教えてくれない?』
「ああ、いいぞ」
交換条件でカバンの中の数学の教科書を突き出す。
「ここだとあれだな」と言ってアイクは近くの机を指差した。
数学というのはどうも紙とペンがないとやりづらい教科らしい。
横長の机に並んで座って、アイクがペンを走らせる。
ちらちらと無意識のうちに彼の方に行く視線に気付いて、急いで手元の教科書に戻した。
「ここはあれだな、公式使って変形して」
『あー…そんなのもあったね』
「……覚えるしかないな」
「あとはわかるだろ?」とアイクがペンを置く。それを見て頷く私。
なぜだろう、なんとなく。なんとなく、早く終わってほっとした。自分から教えてと言い出したくせに。
同時にどこかで残念に思っている自分もいて、気持ちがもやもやしてよくわからない。
聞いた内容をメモしてから、カバンの中に教科書を突っ込んで立ち上がった。
「もう帰るのか?」
『うん』
「じゃあ一緒に帰るか」
『…え』
「? 駄目か?」
『あ、…いや、いいの』
一瞬固まってしまった。
慌てて否定してから気づく。そうか、昔から一緒に帰ってた。
この学校に来てからずっとアイクは部活で忙しいからすっかり忘れてた。
そういえば昨日引退したんだっけ。支度をしながらふと思い出す。
――もうそんな時期か。
窓の外、近づいている高校最後の秋に目を細めた。
――
アイクとは途中まで同じ道。
二人で並んで歩きながら、こんなのはいつぶりだろうかと考える。下手したら、高校入ってすぐが最後かもしれない。
「…久しぶりだな」
『うん』
「レンの進路は進学だったか?」
『うん、そう』
「俺とは違う場所だよな」
『うん』
「じゃあ、こうして一緒に帰れるのもあと少しってことか」
冗談混じりに、軽く笑いながら。
いつものように話すアイクに返す言葉を見つけられなかった。
小学校からずっと一緒だったけど、さすがに大学までは一緒じゃない。高校が一緒だったのも、幼馴染とはいえ珍しいケース。
お互い受験して、滑り止めでもなんでも受かったら、そのあとは。
きっともう会うことなんて、今よりずっと少なくなる。
『(あーあ、)』
なぜだろう。寂しいと思ってる自分がいる。
アイクに言われたら余計に現実味が増して、ちょっとだけ視界が潤んだ。
「くだらない関係」もここで終わりなのかもしれない。
そんなことを考えたらなんだか泣きそうになって、慌てて振り払う。
『そんなの、やだ』
「……?何か言ったか?」
『え!?な、何も!』
いつの間にか私の歩くスピードが落ちていたらしく、見上げるとアイクがこちらを振り返って立ち止まっていた。慌てて彼の隣まで走る。
身長の高いこの人についていくには、私は速歩きしなきゃいけないのに。
「…なんか、変な話振ったな。すまん」
黙り込んだ私の頭をぽんぽんと撫でるアイク。
とくん、と心臓が波打った。
軽く苦笑いして歩き出す彼。
いっそのこと置いて行ってくれたら諦められるのかもしれない、なんて。
優しくてずるい。昔からそうだった。
「レンは大学に行ってやりたいこととかあるのか?」
『え、まだそこまでは考えてないけど…』
「……そうか」
『なんで?』
「いや、
レンもきっと、男とか作るんだろうな」
『…は?』
「高校時代ではそういうの興味なさそうだったが…大学に行ったらきっと」
「なんてな」と笑いながら言うアイクに少しむっとした。
――誰のせいだと。
『そういうアイクもいないでしょ。彼女』
「…ん?あれ、言ってなかったか?」
『……え?
うそ、いるの?え?』
「はは、冗談だ。いない」
『…!
バ、バカ……』
騙された。なんてわかりやすいものに引っかかるのだろう、自分は。
けらけら笑うアイクに頬が熱を帯びる。
「すごい慌てようだな」
『べ、別に…ちょっとびっくりしただけよ。アイクに彼女とか』
「失礼だな。……俺は、作らないさ。少なくともしばらくは」
『そうなの?
まあアイクイケメンだしすぐ出来るよ。その気にさえなれば』
「…あのな………分かってないな、レンは」
『何が?』
「何がって、お前……俺が好きなのは、お前だし」
『………は?』
「…なんてな」
『は、』
言葉が続かない。
アイクにしてはらしくない冗談。好き、だなんて。
不意に進行方向を向いたアイクの顔は私から見えなくなった。
――からかわないでよ。
やめてほしい。このタイミングでそんな、らしくない冗談。
言おうとした瞬間に彼がもう一度こちらを振り返って、つい反射的に口を閉じる。
「冗談。
…っていうのが、冗談」
「好きだ」。
それだけ呟いた彼はまた、進行方向に顔を向ける。
「俺も嫌だ、もうレンと一緒に帰れなくなるのは」
『…聞こえてたの』
「くだらない関係」が、私の思ってるのとは違う形で終わった気がした。
トゥインクル
キミの冗談な本気
END.
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大好きな曲が題材。
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