君が好きだということ





「レン」




珍しく人のいない休憩室に入り込んだ。いつもなら最低五・六人はいる騒がしいそこは、今日はなぜか窓の外をぼうっと眺める少女一人しかいなくて、不自然なくらい静かだった。

部屋に入り込んだ俺に少女は気付いたようだが振り返りはしない。
ただひたすら、何の変哲もない青い空をその瞳に映していた。




『ねえアイク』


「…!」


『ふられちゃった、わたし。リンクに』


「!」




彼女の横顔がはっきり確認できる距離になってようやく気付く、
映していたのは空ではなかったのだと。


吐き捨てるかのような短いセリフに戸惑いながらも、彼女の隣の席に座る。
彼女はまだ空を――否、どこか遠くにいる“彼”を瞳に映していた。

隣に、俺がいるのに。




「……、そうか」


『リンクね、素であの態度なの。
鈍感なのはなんとなく知ってたけど、ここまでひどいとは思ってなかった』




むすっとした顔と声でグチる。
リンクが鈍いことに関しては俺も同感だ、おそらく気付かないところでたくさんの女子を釣っているに違いない。罪な男だ。

ただ俺からしてみれば、レン、お前も鈍感だ。
なんて、言えはしないけども。




「俺にはどうしようもなくてすまないが…あんまり落ち込んでなくて安心した。泣くかと思ったが…」


『泣かないわよ、わたしこれでもタフなの』


「そうか、安心した」




ふふっと笑った彼女は今度こそ俺を瞳に映す。
言った通り泣いたりはしていないようで、大きな瞳に俺の姿が揺れることなく映った。


今の言葉に二重の意味があるなんてきっとこいつは気付かないだろう。
泣いてないことに安心したのは事実だが、それ以上に泣くほどリンクを好きだったわけではないのだということに酷く安心した。
そんなことを知ってか知らずか、レンが言葉を紡ぐ。




『わたしもそんなに本気じゃなかったのかもね。
今は落ち込むどころかすっきりしてるもん』


「そうか、…良かったと言っていいのかわからないが……」




そこまで言ってはっとする。
仮にも本人がすっきりしてると言っているからって、フラれた直後に「良かったな」なんて。
不意に出た言葉に口を噤んだ。

幸いにもレンは気に留めなかったようで、「良かったよ」と柔らかく笑う。
吹っ切れたようにも見える彼女は「さてと」と席を立ちあがった。




『休憩入れたし大乱闘してこようかな!アイクは?』


「俺も行く……本当に大丈夫なのか?無理はするなよ」


『…大丈夫。わたしリンクのこと友達としても好きだから…また、前みたいに戻れるよ』




伸びをする彼女。
ガタリとやけに大きく鳴った椅子に、むしろリンクとギクシャクするのは俺なのかもしれないとふと思った。


世の中は何故、こんなにも上手く噛み合わない。




『…アイク?』




――もし俺がリンクの立場だったのなら。
イフばかりで物事を考えても何も変わらないと随分昔に気付いていたのに、飽きもせずに毎日毎日考えた。
毎日毎日、彼を見ては入れ替わりたいと何度も思った。




「……悪い、何でもない。行こう」




でもそれは所詮叶うはずもない願いで。


好きな女の幸せも願えない俺に何ができるのだろうかと、少し前から考えていた疑問の答えが今なんとなくわかった気がする。
不器用なりにできることはあるのだと、今のレンの背中を見ていたら思った。




「レン」


『なに?』




レンは強い。
きっとリンクのこと、本気で好きだったろうに。


ドアを開ける一歩手前、声をかければ彼女は立ち止まって振り返った。
今度こそ俺だけをしっかり映す瞳と視線が合う。


今の俺に出来ることはきっと、これくらいしかない。




「……好きだ」




――お前があいつを追い始めるよりも、ずっと前から。

僅かに見開かれた両目に映る俺は相変わらず小さくて頼りない。
もしかしたらその奥にあいつを映しているのかもしれないけど、いつか、消してみせるから。

俺がお前の幸せを作ることはできないだろうかと、一番最初に頭に思い浮かんだイフをようやく掴める距離まで来たお前に投げかけた。






ずっと、言わずにいたけれど





END.