恋人はわがままな神サマ
「やあ、よく来たね」
様々な機械が立ち並ぶ広い部屋。
ここには“この世界”の管理者または許された者のみ入ることができる。
暗闇に浮かぶ画面にはファイターのデータが細かく書き記されていた。
そこに佇むのはひとつの大きな右手、この世界の管理者マスターハンド。扉を開けばゆっくりと振り返る。
程よく低いボイスが愉しげに響いて、在りもしない視線がこちらを捉えた。
「今日も君にいつも通り頼みがあるんだ」
『…お食事ですか、戦闘ですか、それとも暇潰しか何か?』
「食事だ、今日はカレーが食べたいんだ。
絶対にカレーだ、それ以外食べたくない。…あ、中辛で頼む」
『……分かりました』
ふわふわと浮かびながら答える生き物とは形容しがたい彼に二つ返事で頷く。
“神サマ”なだけあってこの人はわがままだ。
いつだか任された「副管理人」という役職は世話人の間違いなのではないかと疑い始める程に。
しかしなんだかんだ逆らう気もしないのだから私も不思議である。
「君のカレーは美味い。もちろん他のも最高だ」
『…人並みに料理出来るだけですけど。
私に頼むくらいならシェフでも連れて来ればいいじゃないですか』
「いいや、それが君じゃないと駄目なんだ」
ここに来て一週間。ようやく現実離れした空間に慣れ始めた頃、なぜか頼まれた副管理人。
何をすればいいのかと思いきや頼まれるのは食事の準備、遊び半分の戦闘に話相手。
そんなの何も私でなくてもいいのではないかと、ここ最近ずっと思い続けていたことをようやく伝えるチャンスが巡ってきた。
何故なんですかと、単刀直入に問う。
近付いてきた私よりも遥かに大きい人差し指が額を小突いて、顔もないはずのその人が面白そうに笑った気がした。
――君が、私のお気に入りだからさ。
「他のファイターは私の創造物に過ぎない。
だがレンくん、君はほとんどオリジナルのまま…。
その証拠に、君だけはフィギュアにならない」
『その“オリジナル”なんて、連れて来ればいくらでもいるでしょうに』
「……分かってないな、君は」
『何をです?』
人差し指が頬をなぞるように移動する。
親指で軽く顎を持ち上げられて、他で体の動きを封じられた。
「君じゃないといけないんだ。私は“君”に一目惚れしたんだ。
…そんな訳で、これを言ってしまったために、私と付き合って貰おう」
『付き合うって……』
「そのままの意味だ。何か問題でも?」
予想以上に柔らかく包み込んだ温もりがふわりと消えていく。
副管理人だなんて勝手に立派な名前を付けておきながら、とんだ詐欺に遭ったものだと深く溜息をついた。
『拒否権は…ないんでしょうね、全く』
「よく分かってるじゃないか。一応これでも珍しく様子見はしたんだぞ?
私のわがままに文句ひとつ言わないのを見る限り、君は私を嫌っていない。
むしろ好きなんだろう。そうに違いない。…どうだ?」
『…自信過剰ですね。なんとなく知ってましたが』
「――神だからな。
今の私には、君に断る気がなかったようにも見える」
――君の答えは?
相変わらず愉しそうな彼は果たして本気なのか。
対して私は無言、しかしながら彼はそれを無言の了承と捉えたらしい。
途端嬉しそうにするマスターに否定する気も削がれてもう一度溜息をついた。
でも確かに私は“付き合う”だなんていう神サマのお遊びに、どこかで本気で付き合おうとしていた。
「そうだろうそうだろう。
さあ、晴れて恋人になったんだから手でも繋ごうじゃないか」
『そんなことしたら私潰れちゃいます』
「…そうか、残念だ。
じゃあ乗りたまえ、キッチンまで送ってあげよう」
『今から作るんですか?』
「その通りだ。君も食べるんだぞ」
『私もですか…』
「ああ、これからは一緒に食べることにした」
『はあ…』
私の意見などお構いなしにどんどん話が進んでいく。
この先もきっと振り回されるのだろうと、初期の頃から何ひとつ変わらない関係に安堵し幸せを噛み締める自分が部屋の片隅にいた。
恋人はわがままな神サマ
(…ずっと前から思ってたんですけど、その姿で食事っていつもどうやってるんです?)
(別に心配しなくとも今から見れるじゃないか)
(そうですね、楽しみにしてます)
END.