プロポーズ






「来たねレンくん」




マスターの部屋。
突然呼び出された私は近くにある大きな長椅子に腰掛けた。向かいにはマスターハンド本人。
無駄に高級感あふれるこの部屋には最初こそ驚いたが、今ではすっかり慣れた。

とりあえず差し出された紅茶を飲む。
私の好みに合わせてマスターが用意してくれたそれは変わらない味。




「急に呼び出して悪かったな」


『いつものことでしょう。それにマスターにならいつでも構いませんけど』


「…そうか」




ふ、とその人は小さく微笑んだ。


通称“マスター”、本名“マスターハンド”。
この世界の創造主、いわゆる神様である。
本来は大きな白い手袋のような姿形だが、普段はいろいろと都合がいいからと人間の姿をしている。
そして私は彼とお付き合いをしている立場。

急に呼び出されるのはもう過去に何度も経験している。
今日はなんだろうかと、向かいに腰掛けたその人の言葉を待っていれば一分もしないうちに口を開いた。




「さて、本題に入るが」


『はい』


「一言で言うと結婚についてだ」


『はあ、けっ……
……!?』




思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。いや、吹き出しかけた。
手に持っていたティーカップを一旦机に置く。




『……あの、もう一回言ってください』


「結婚についてだが」


『……
あっさり言ってくれますね…』




聞こえた単語は聞き違いかと思ったがそうではないらしい。
半ば呆れながら紅茶を飲み直す。

さらっと真顔で言ってのけたが、これは俗にいう“プロポーズ”というものだろう。
ムードも何もあったものじゃない。この人らしいと言えばらしいが。
いつもの打ち合わせと同じ口調で言うものだから余計に紛らわしい。




「レンくん、私達がこれから別れる予定は?」


『私がマスターに捨てられない限りないでしょうね』


「そうだろう。もちろん私もその言葉をそのまま返すつもりだ。
結婚しても問題はないとみた、しかしそこで別の問題が発生する」


『なんでしょう?』


「結婚するにあたって必要なものは何だ」


『そうですね…とりあえず式場と衣装ですか』


「そんなものは私が作るから問題ない」


『……』




「式場もドレスも選べるほど作ってやるさ」と神様は淡々と言い放って見せた。
この世界にあるものは大体彼が作り出したものであるから、無茶だとか言おうとは全く思わないのだけども。




「問題はそういうものではないんだ。
レンくん、式が始まったときのことを考えてみてくれ」


『始まったとき…?
詳しい順番はわからないですけど、入場して、何かいろいろ話があって、それから…えっと、結婚ゆび……あ』


「…気付いたか」




言いかけて、あることに気付いた。




「結婚指輪はどこにはめるものだ?」


『……左手の薬指』




溜息をひとつ吐き出してマスターが目を伏せる。
難しそうな表情をする彼を見て私の予想が当たっていたことが分かった。


この人の本来の姿は“大きな白い右手”。
つまり左手の薬指などそもそも存在しないわけであって。

あんなに大きいサイズの指輪なんてないだろうがどうせ自分で用意するとか言うだろうしおそらく問題ではない。
問題は「左手の薬指」の用意のしようがないということ。




「さらに言うとだ。
元の姿だと指輪どころか、誓いのキスすらできないのだよ!」


『あ、それもありましたか…』




バンッとマスターが机を叩く。軽く私は苦笑いした。

大きな手の姿では確かにキスも何もない。なぜか喋れるらしいが見た感じ口はないし。
指先にキスなら出来ると思うが、それでは彼が満足できないらしい。




『マスターは元の姿で式を挙げたいんですか?』


「まあな……この姿はあくまでも仮の姿であるし」




「出来れば元の姿がいいんだ」と、そこはやけにこだわるらしい。私はどちらの姿でも構わないが彼が嫌だと言うなら仕方ない。




『なら最悪やらないって手も…結婚式なんて儀式とかと変わらないでしょう?』


「それはそうだが…永遠の愛を誓う大切な式であってな……」


『そういうの意外と真面目に考えるんですね。
それならプロポーズくらいちゃんとしてくださいよ……』


「……!
それはすまなかったな、そこまで気が回ってなかった」


『まったくです』




ここまできてようやくプロポーズの存在に気付いたらしい彼。遅すぎる。
私も一応女の子だし、憧れくらい抱いていたのに。それをあんなにあっさり。

思い返して改めてむっとしていれば「すまない、嫌いになったか」とさらに落ち込んだ様子の彼。
本当にもう、この人は。




『…とにかくですね!
どうしてもって言うなら仕方ないですけど、私はその姿でもいいと思いますよ。
マスターには変わりないですし、問題も全部解決するじゃないですか。
それくらいで何か変わるわけじゃないでしょう。私はどんなマスターでも愛しているつもりです』




言いたいことを全部言って視線を逸らす。
数秒だけ間が空いた後にくすりとマスターの笑い声が聞こえた。
頬が少し熱い。




「……そうだな。
レンくん、ちょっとこっち来てくれ」


『はい?……、…んっ』




立ち上がって歩み寄れば、引き寄せられて触れるだけのキス。
なんとなく目を合わせづらくなってその胸に顔を埋める。




「普段冷静沈着なあのレンくんがここまで言ってくれたんだ、この姿のまま式を挙げるとしよう。
ところでレンくん、結婚式でのキスには誓いの言葉を封印するという意味があるそうだ」


『…そうなんですか?』


「ああ。永遠の愛を誓って、それを封印する。
皆の憧れの君を、皆の目の前で私のものにしてやるさ」




頭に置かれた手がゆっくりと頬へ移動してくる。
ゆったりした手つきで上を向かせられれば、紫色の瞳に捕まった。




「結婚してくれ、レン」


『……喜んで』




ああこれだったと、いつか思い描いた場面と目の前に映る彼を重ね合わせた。






プロポーズ


(今の明らかにやり直しましたよね?)
(…順番を間違えただけだ)
(どういう間違え方ですか)
(気にするな、気持ちに変わりはない)




END.




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うちのマスターさんはオッドアイで片目隠れてるという設定です。
いつか真面目に描いてみたい。

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