きみに、






「…珍しいな、お前がいらついているのは」




私が無意識に書類を乱暴に扱っているのを見たのか、不意に隣で作業をするクレイジーがそんな言葉を吐いた。

彼に言われて初めて周りにも分かるくらい苛立っているのかと自覚する。
しかも普段人が何していようが気にしないあのクレイジーに言われるなんて、余程目に余ったのだろう。


確かに今私はいらついている、途轍もなく。こんなにイライラするのは久しぶりだ。
原因は分かっているような分かっていないような。少なからずこの苛立ちの中心になっている人物はすでに特定できている。

あの窓の外で楽しそうに笑うレン君、だ。




「クレイジー、なぜレン君はあんなに楽しそうなのだろうか?
私といるときにあんな顔をしたことなど一度もないのに」


「…一緒にいる奴のせいなんじゃないのか」


「リンク君とピカチュウか?」




トントンと指で机を細かく小突きながら、黙々と仕事をこなすクレイジーに質問する。
こちらを見向きもしない彼は話しかけてはきたもののそこまで関心はないらしい。


窓から見える視界の先には確かにリンクとピカチュウがいた。
リンクは彼女の隣に、ピカチュウは彼女の膝の上に。
会話こそ聞こえないが、レン君が楽しそうな原因はあの二人に違いない。あの二人さえいなければ、レン君はあんなに楽しく笑うこともないはずだ。
そう考えて立ち上がろうとして、ふと動きが止まった。


――待て、行って何がしたい。
そもそもレン君が楽しいことのどこがいけないのだろうか。楽しいことは良いことのはずだ。あの二人に私は何をしたいというのだろう。二人を奪ってレン君が笑わなくなったとして、それが私にとってどう良いのか。苛立ちが収まるのかと言われれば違うような気がする。二人を奪えばレン君は悲しむだろう、なにも彼女を悲しませたいわけではないのだ。

かと言ってこのまま苛立ちを放置するのも我慢ならない。何か良い解決方法はないものか。
ガタリと椅子を鳴らせばクレイジーが息を吐いて、今度こそまともにこちらを向いた。




「落ち着けマスターハンド、お前にはまだ仕事が残ってる」


「確かにそうだが、気が散って上手く進まんのだ」


「…まったく、お前は、」




「それでも神か」と破壊神に呆れられた。
手元の資料を手渡しながら彼が言う。「お前は創造神だからそういうことになるんだ」、と。




「…どういうことだ?」


「お前は基本的に何でも生み出せるから、何でも手に入るから、唯一生み出せず手に入らない“心”にいらつくんだ。
……俺にはお前があの二人に嫉妬しているようにしか見えない」


「嫉妬?私が?」


「ああ、経験したことはないだろうが」




「だからいらついているんだろう」と変わらず呆れながら言うクレイジー。
バカにされたように感じたが今回は気にしないことにして彼の言葉に首を捻る。


そうか、嫉妬か。私はあの二人に嫉妬しているのか。
二人を引き剥がしたいわけでも彼女を悲しませたいわけでもない、しかしあの二人が気に食わないということに説明が付くし苛立っているという感情とも合致する。

たまにはクレイジーも役に立つじゃないかと、手渡された資料にようやく目を通し始める。
が、根本的な問題が解決していないことに気が付いた。




「ではクレイジー、どうすればレン君は私の前でもああやって笑ってくれるだろうか?
これが分からないと今後も私はイライラするに違いない。何せ嫉妬しているのだからな」


「…そんなの自分で考えろ、そこまでサポートする気はない。
何ならあいつらに聞いてみればどうだ」


「相変わらず冷たいな君は」


「どうでもいい。それにお前はもう一つ気付いていないことがある」


「うむ、それは何だ?」


「お前は多分、レンに“恋”とやらをしている」


「ふむ、恋か…、…………!?」




思わず資料を落としそうになった。

――恋?私が?レン君に?




「そ、そうなのか?」


「俺に聞かれても困るんだが…。
あくまでも俺にはそう見えるだけだ、神が恋なんてできるか知らないがな。
どうでもいいがさっさと進めてくれ。手が止まってる」


「! ああ、悪い」




「仕事が進まないならレンを壊してやろうか」と言い出した破壊神にそれは勘弁してくれと慌てて書類を整理し始める。


しかし嫉妬に恋心か。いつの間にやら私も人間らしくなったものだと窓の外に目をやる。彼らとは全く似つかない姿形をしているというのに。
初めて生まれた感情に自分でも戸惑いながら、さてどうしたものかと思いつつとりあえず仕事に取り掛かることにする。本当に壊されたらたまったものではない。


その後事態がもっと面倒になるのは、また別の話。







(気付いたら恋をしていた)




END.




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面倒になった=クレイジーも惚れた

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