距離感







「もうガマンできねー」




は?と言う前に視界が一回転した。

さっきまで白黒の、迫力のバトルシーンが目の前にあったのに、それがいつの間にか隣に座っていたグリーンと天井に変わる。


私の大好きな漫画は、不意に床に落とされた。




『ちょっと、…急に何よ』


「……お前、今の状況分かってる?」


『…グリーンに押し倒されてる?』


「ばっ……分かってんなら何でそんな冷静なんだよ」




とある連休、いつものようにここに遊びに来て。
二人並んで座っていたソファーの上、突然グリーンに肩を押されて倒された。率直に言うと今の状況はこう。
なぜ冷静かと言われても、正直急過ぎてよく分かっていないというのが私の意見である。

床に放り出された漫画がすっかり閉じ切っているのを見て残念がる。まだ半分くらいまでしか読んでなかったのに。
後でまたページ探さなきゃと思いつつ前を向いたら、なぜか少し赤くなってるグリーンが映って首をかしげた。
自分からやっておいて、なんなんだこの人は。




『…で、なに?何か用なの?
何もないなら漫画読ませてよ』


「…お前な……」


『なによ』


「もう一回聞くけど、今の状況分かってるか?」


『だから押し倒されてるって』


「あー!そうじゃねえよ!
お前今何歳だ!」


『? 17歳だけど?』


「だろ!
なんで17歳にもなって毎週のようにオレの家に遊びに来てんだよ!姉ちゃんいねえこともよくあるのに!」


『…は?』




今度はしっかり声が出た。
一気にまくし立てられてぽかんとする。目の前にいて声が大きく聞こえるから、余計に。
グリーンにこういうことをされるのは珍しいかもしれない。


確かに唯一彼のほかにこの家にいるお姉さんは、今は出かけていて留守だ。
祖父である博士は普段通り研究所にいる。
それが年齢の話と何か関係があるのだろうか……グリーンの話したことを頭の中で反響させる。



数秒考えたところでああ、と結論が出た。

この年齢で異性の幼馴染の家に毎週遊びに来るのはおかしい、とでも彼は言いたいんだろう。




『いいじゃない別に。
何歳になっても近所の友達の家に遊びに行くのくらい』


「…あーやっぱだめだレン、ズレてる」


『どうでもいいんだけど、この体勢そろそろやめない?』


「…え、あ、ごめん…」




少し不機嫌を装って言えば、案外あっさり引き下がった。あれだけまくし立てられた後だったのでちょっと意外。
肩に乗っていた重みと私に落ちていた影が無くなっていく。


隣に座り直して、落ちた漫画を拾って手渡してくれた。「ありがと」と言って起き上った私がそれを受け取る。

しばらく隣で様子をうかがっていると、ぶつぶつと何か言いだした。




「…レンってさ、単に漫画目当てでオレんち来るわけ?それとも暇だから?」


『…? 確かに暇ではあるけど』


「え、他に何かあんの?」


『えーと…なんか習慣みたいになってたから?』


「……あー、そういう…」


『?』


「…お前さ、レッドの家には行かねえの?」


『レッド?だって今山の上にいるんじゃないの』


「お前が言えば下りて来るって。
……お前レッドのこと好きならさ、そっち行けばいいのに…」




さっき読んでいたページを探しながら会話する。
「いつもこんな状況じゃ変な勘違いすんだろ」、と彼は呟くように言った。
それは聞こえるか聞こえないくらいかの声で、漫画を読みながらだったら完全に聞き逃していただろう。

ふて腐れだしたようにも見える幼馴染に、私は漫画を閉じた。




「……!?」




隙をついてグリーンの肩に手のひらを合わせて一気に体重をかけた。
簡単には倒れなさそうだったので遠慮なく全体重を乗せる。

私と反対側に仰向けに倒された彼は、かなり驚いているようだった。




「な、なっ…!?」


『やられたことをやり返したまでなんだけど?』




ひどく混乱している彼に半分あきれる。さっきは自分がやったくせに。
もしかして私にもこういう反応を期待していたのだろうか、でも残念ながら私はグリーンほどウブではない。

見る見るうちに赤くなっていく彼の顔が面白くて笑ったら、更に赤くなった。
最終的には観念したようで、「悪かった」と先程のことを謝られた。




「だから、その、…も、いいだろ」


『だめ。面白いから』


「み、見んなよあんまり…!」


『…ねえグリーン、いつ私がレッドのこと好きだって言ったの?』


「え、…言ってはねえけど、態度とか……ちげーじゃん、オレとは全然」




「ふうん」、と口角をあげる。
視線は合わせてはくれないようで、彼の目は常に横を見ていた。

「変な勘違いしてんのはグリーンでしょ」と言えば、今度は彼が「は?」と声を漏らした。




『好きで来てるの、毎週。邪魔だったらレッドの家行くから言ってよね』


「…!?
い、行くな絶対!」




途端に焦り出す幼馴染に軽く笑う。
私は満足して、「そう」とだけ呟いて離れた。


来週からこの人との距離が変わりそうな予感がしたのは、きっと私だけじゃないだろう。









(あとちょっとで埋まりそうな、この微妙な感じの)







END.