コイビト。
「あ、レン」
ライモンシティ。
大きな観覧車のある遊園地に、特に何の用もなくぶらりと立ち寄る。
いわゆる時間つぶし、だ。
不意に後ろから聞こえた聞き覚えのある声に振り返る。
「観覧車、乗るの?」
薄い黄緑色の長い髪を束ねた彼。
本名かもわからないが、彼は“N”と名乗った。
素性は名前同様よくわからない。今のところ、トレーナーとしてバトルを数回挑まれたくらい。
所々で騒がれている“プラズマ団”に関わりがあるだろうから気を付けて、ということはチェレンから聞かされている。
『別に乗る予定はないけど…。
そういうNは観覧車乗りに来たの?』
「うん」
『…!』
短い返事とともに無邪気に笑った彼に気が抜けた。思わず釣られて笑ってしまう。
見た目は私よりも大人っぽいのに、中身はそうでもないらしい。
その整った顔に似合わない言動のせいか、彼にはどうも警戒心が持てない。
「ボク、ここの観覧車好きなんだ」
そう言って観覧車を見上げる彼。
そういえば以前これに彼と乗ったことがあった。
「プラズマ団を探すから」──そう言った彼を、プラズマ団の団員は“N様”と呼ぶ。
プラズマ団と関わりがあるという情報は確かだと思うが、詳しく探ろうとも、彼を倒そうとも思わなかった。
観覧車での思い出は少なくとも私の中で素敵なひとつの思い出になっている。
観覧車が好きというのは本当なのだろう。
あの時だって、理由をつけて乗っていた割にとても楽しそうだった。
『Nって面白いよね。
見てて飽きないっていうか…見た目も言うことも可愛いし』
「…かわいい?ボクが?
レンの方がカワイイと思うけど…」
『……!』
きょとんとした彼はそういうことをさらっと言いのける。
――ああ、自覚ないんだろうな。
『Nは誰かと待ち合わせ?』
「…?
ボクはレンとまた観覧車に乗ろうと思ったんだけど…」
『……、暇なの?』
「うん、それで遊園地来たんだ。そしたらレンがいた」
『わかった、ちょっと待ってて。わたし着替えてくる』
「…なんで?」
『いいから!
ちょっと待ってて、遅くならないように頑張るから』
モンスターボールからスワンナを出して飛び乗る。
ここから家まで何分かかるだろうか。
『適当に飲み食いしててもいいし、何かに乗っててもいいし。
ただ分かりやすいところにいてね!』
「うん、わかった」
状況がよく分かっていないような彼に向かってスワンナの上から叫ぶ。
頷いたのを確認してから急いで自宅へと飛んだ。
───
『お、お待たせ』
「!」
数十分後。
戻ってみると彼は元の観覧車の下にいた。
正直なところ、少し時間がかかってしまった。
「ふふ、カワイイよレン」
『…!
……あ、ありがと』
いつも着ているノースリーブに短パンという身軽な格好から、フリルのついたワンピースという女の子らしい服に着替えてきた。
トレーナーの私が滅多に着ないような、お出かけ用の服。
『遅くなってごめん、何か食べた?』
「ううん」
『そう?じゃあ何か乗ったの?』
「ううん、乗ってないよ」
『え?ここでずっと待ってたの…?』
「うん」
「トモダチと話してた」と微笑む彼。トモダチとは、彼の持っているポケモンのこと。
どうやら特に何もせずただただ待たせてしまったらしい。悪いことをした。
『ごめんね、じゃあさっそく観覧車乗ろうか』
ここの遊園地では何故か一人では観覧車に乗れない。必ず二人以上でと決められている。
だからふらっと立ち寄ったところで、彼も私も自分だけでは乗ることができないのだ。
二人して列に並んで、隣で「楽しみだな」と笑う彼につられて微笑む。
立場的には敵なのかもしれないけど、今はそういうのは考えたくない。
順番が回ってきて、案内に従って乗り込む。
「ほら、つかまって」
差し出された手のひらはただひたすらに純粋な気遣い。
握った瞬間にドキンと心臓が鳴った。
「やっぱり、ここからの景色はキレイだね」
『…う、うん』
狭い観覧車の中。足を伸ばせば相手にぶつかってしまうような距離で、彼が綺麗に微笑んだ。
――本当に、綺麗。男の人とは思えない。
外の景色を眺めながら楽しそうなN。
やっぱり観覧車が好きなんだろう。
「もうすぐで一周だね」
『もう一周か…早いなあ』
「ふふ。また何回でも乗ろう?」
ゆっくりに見えるのに観覧車はあっという間に一周して、Nとともに降りる。
“何回でも”――その言葉には無意識のうちに頷いてしまった。
「じゃあ、次は何乗ろうか」
『えーと…メリーゴーランドとか、どうかな』
「イイよ。行こうか」
――
『もうだいぶ暗いね』
何時間経っただろう。
合流したのは昼過ぎだったのにもうすっかり日は落ちて、気付けば観覧車はライトアップされていた。
「そろそろ帰ろうか?」
楽しい時間は早いと昔からよく聞く。
暗闇に映える観覧車のイルミネーションに照らされながら、元来た道をたどって出口へと向かう。
昼間よりも人通りは少ない。
「デート、楽しかったね」
『で、デート!?』
「…あれ、違うの?」
出口のゲートをくぐった直後に何の前触れもなく彼はそう言った。
聞こえた単語に耳を疑う。自分は勝手にそんな気分になっていたけど、まさか彼からそう言われるなんて思ってもいなかった。
「てっきり“でーと”ってやつなのかと思った…。
ボクも初めてだから、よくわからないんだけど」
『…デートは恋人同士でするものよ?』
「そっか。じゃあその“コイビト同士”ってやつになればいいんだね?」
『うん、……うん?』
「ボクはレンが好きだから、あとはレンがボクを好きになってくれれば“コイビト同士”なんだよね?」
『……うん?』
一人で話を進めるN。いつも以上にうまく会話についていけない。
――今、この人はなんて言った?
『……。
Nって“恋人”が何だか知ってる?』
「え?わかってるよ。ちゃんと」
『ほんとに?』
「ほんとだって、
ボク、レンのこと好きだよ」
『……』
その“ほんと”は本当に“ほんと”なのか。
ちゃんとそれが重大なことだと分かっているのか。
「好き」という言葉すらいつもの口調で言うものだから、本当なのか全く分からない。
『……うーん…』
「?」
『Nの言ってる“好き”は多分、Nが思ってる“恋人”ってやつとは違うよ?』
「…? 違わないよ?」
『ううん。違うと思う』
「……。困ったな…」
「どうしようかなあ」と首をひねり出す彼。恋人が何なのかわかっていたらもう少し態度が違っても良いと思う。
彼の言う「好き」はどうも、誰にでも言うような「好き」に思えてならない。
おそらく彼は恋なんてしたことがないのだろう。
そう勝手に思い込んで、完全に油断していた。
――グイッ、
突然左腕を引っ張られて、そちらに体が傾いた。
『…!!』
「…あの、……これなら、どう?」
バッと左の頬を押さえる。
一瞬。ほんの一瞬だったけど、
左側の頬にやんわりと、彼の唇を感じた。
『…ほんと……なの?』
「い、今のでもダメ…?」
「どうしよう」と今度こそ本格的に困り始めた背の高い彼を見上げる。
暗がりでも分かるくらいその顔が赤い。それを見たら、自分の中で何かが折れた。
『いいよ…降参。わたしはNのこと、好きだよ』
「コイビトになってくれる?」
『あー…もう分かったから、あんまり言わないで、恥ずかしい』
「レン、またデートしようね!」
『…話聞いてる?』
嬉しそうに笑う彼は私の手をとって上下に振る。
さっきの観覧車の時よりも笑顔で、もうなんでもいいやなんて思ったりしてしまって。
敵とか味方とか、そういうのもこの人には関係のないことなんだろう。
次チェレンに会ったらどう言い訳しようかなんて、相変わらず綺麗に光る観覧車とそれに負けないくらい綺麗な彼を眺めながらそんなことを考えていた。
コイビト。
(じゃあ、次は“おヨメさん”だよね。
レン、ボクとケッコンしない?)
(早い早い早い!)
END.
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こいつら外で何やってんだ。
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