目の前のきみに





『髪、切ろうかなあ』




昼下がり、“この世界”にある寮のテラスで、真向かいに座っていたレンが長い髪をいじりながら呟いた。
指先でくるくる回る明るい茶色の髪はよく周りの女性陣から綺麗だと称賛されている。

それを知っていたから、たった今飛び出た彼女の唐突な発言に少しばかり驚いた。




「急だなー。何かあったのか?」


『…失恋』


「え?」




表情ひとつ変えず淡々と答えた彼女に思わず抜けた声が出る。
口に付けていたティーカップをことりとテーブルに落ち着かせて、彼女はけらけら笑った。




『あはは、嘘嘘!』


「な、なんだ嘘か…。びっくりした……。」




尚も悪戯に笑うレンはどうやら俺の間抜けな顔が面白かったらしい。
しれっと吐かれた嘘に踊らされて、なんだ無駄に損をしたと軽く溜息。と同時にどこかで安心。

少し長くなってきたから切ろうかなって思ったの、そう続ける彼女の話に耳を傾ける。昼食の後にこうやって話すのが俺の日常。




『第一告白もしてないのに失恋なんて出来ないし』


「まあ、そうだよな…
……って、え、あれ?告白?」




――恋じゃなくて?
ふと聞き返した質問に、紅茶を飲み直すレンの動きが一瞬だけ、ぴたりと止まった。




『……そ。告白』


「え、…なんだよお前、好きな奴いるのか?」




いつも通りただの世間話で終わるはずが、話が予想外の方向へ捻じ曲がり始める。
打ち出した訂正案は通ることもなく、そしてまた彼女が表情を変えることもなかった。一呼吸置いてから口を開く彼女と目があったとき、ありきたりな日常の中に今日はどこか違和感を覚えた。




『いるよ』




どくり、はっきりと波打った心臓の音がどうか認知されていませんように。




「ど…どんな人?」




まさか彼女に想い人がいたなんて。そんな話を本人はしたことなかったし小耳に挟んだこともなかった。
今までそれっぽい素振りをしているところも見たことなかったし、誰かを追いかけている様子もなかった。

以前から仲が良い彼女の一番身近にいるのは自分だと自負していたのに、気付けなかっただなんて。




『そうね…私にとっては誰よりも格好良くて、』




――優しくて、でも戦いではすごく強くて。
――ちょっと抜けてたりするけど、そこが可愛くて。


いつになく嬉しそうに話す彼女はまるでさっきとは別人で、俺の知る日常にはいなかった。




『それで、』


「……それで?」




まだあるのかと、そいつをべた褒めする彼女に向き直る。
正直彼女からこんな話を聞くのは嫌なのだけども、一方で気になるわけだから聞かないわけにもいかない。
どうにか特定してやると一人意気込んだ俺に、なぜかレンはおかしそうに笑った。




「…?」


『それで、…』




――ふわり。

俺の惹かれたその笑顔に、視線ごと引き込まれる。




『今、私の目の前にいる人』







お互いに恋してる




END.