1
「いっつも片付けやってもらって悪いな!」
すぐ後ろから声が掛かる。
自分の家のものではない食器、キッチン、シンク。その割に勝手は分かっていて、自分でも手慣れてきたものだと感じる。
今日も難なく洗い物を終え、最後の皿をすぐ脇にあったカゴの中に並べた。
借りたタオルで手を拭きつつ、声の主に「ご馳走してもらってるんだからこれくらいはやるよ」と返事をする。あえて声のした方を向かなかったのは、今この状況で振り向いたら事故るかもしれないと思ったから。
ゼロ距離で私の背中にぴったりくっついているのは、先程手作りの夕飯を振る舞ってくれた同じ学校の先輩。
「オレはレンが食べに来てくれるだけで嬉しいぞ!」
『…そう?』
ハキハキした声でそう言われて、多分気遣いじゃなくて本心なんだろうなと思う。と同時に、そろそろ突っ込みを入れてもいいのだろうかとも考える。
嫌じゃないから放置してあるけど、どうもここのところペパーの私への距離感がバグっているような気がしていた。
「明日もウチ来るか?」
『あー…いや、明日は午後にジムの視察が入ってて。多分、アオキさんと食べると思う』
「…ふぅん…」
後ろから腰に回っていた腕にぎゅっと力が入る。もう洗い物も終わったから、ここに二人して突っ立っている意味は特にないのだけれど。
どうしたものかな、と彼には分からないように心の中で溜息を吐いた。
彼が人懐っこいのは元からだ。
初めて会ったときはちょっと人当たりが悪かったからそうは思わなかったけど、後々マフィティフやご両親の件を知ってからはただ心に余裕がなかっただけだったと理解した。
気さくで優しくて、「好青年」を絵に描いたようなのが本来の彼。実際、ネモやボタンとはすぐに打ち解けていた。
一緒に旅をする間に仲良くなって、今ではこうして互いの部屋を行ったり来たりするくらいの友達で。
それはまあ良いことだと思うんだけど、なんだか最近、彼の物理的距離が異様に近い。
私との旅の中でマフィティフが元気になったしご両親との和解にも一役買っているから、他の人よりかは懐かれていてもおかしくはない。が、この距離感はやっぱりバグっている気がする。
そのうち理由が分かるかもと思っていたけど今のところ収穫はなく、私に対してだけということもあって、もしかしてまた何か辛いことがあったのかななんて心配もしている。
こんな風になってからしばらく経ったし、それとなく聞いてみてもいいのかな。どう切り出すかが難しいけど。
迷いつつも口を開こうとしたら、私よりも先にペパーの方が声を発した。
「…レン、チャンピオンになってから随分忙しくなっちゃったな」
「すっかり有名人で、学校でもよく声掛けられてるし」。
近過ぎて顔は見えないけど、しょんぼりしてそうな声が真横から聞こえた。肩には彼の頭の重みがのしかかる。…いやほんと、がっちりホールドしすぎだって。
言いたいことはあったけど、じっとしたまま彼の言葉の続きを待つ。