2
「おーい、レン?居るかー?」
噂をすればなんとやら、というやつ。
聞き慣れた声とともにコンコンとドアをノックする音が響く。…まずい。今部屋に入られたら、思いっきりバレンタインの準備をしていたことがバレる。失敗作や洗い物もまだ散らかしたままだ。今から片付けるのでは到底間に合わない。
視線と指の動きだけで居留守を決め込むことをネモとボタンに伝え、二人が察したように頷いた。
気配を消し、息を潜めてペパーが諦めるのを待つ。
「レンー?……居ないのか?」
数分もしないうちにノックの音が止み、代わりにしょんぼりしている様子の彼の声が聞こえる。聞いているだけで申し訳なくて心の中で謝った。ごめん、タイミングが悪すぎる。
やがて静かになり、諦めたかなと思った次の瞬間。
部屋の中で突然、けたたましくスマホロトムが鳴った。
『「!?」』
「げっ…!まさかグループ通話…!?」
「おい、やっぱ居るじゃねーか!! 何で出てくれないんだよ!」
鳴ったのはボタンのスマホロトムで、マナーモードになっていた私とネモのスマホロトムも画面が明るくなった。どうやらペパーがグループ通話を仕掛けたらしい。
わざわざグループにしたのは私が二人と一緒に居るかもしれないと考えたからか。この時間に留守となると夕飯を食べに行った説が濃厚だもんね。
慌ててスマホロトムを静めたボタンが「ごめん!」と謝ってくれたけど、「全然大丈夫」と首を振る。外食なんてあんまり行かないし、行くとしてもみんなを誘うだろうから、スマホロトムが鳴らなかったところで居留守がバレる可能性は普通にあった。
単純にタイミングが悪かったのだ、仕方がない。誰も悪くはない。
外から聞こえてくる文句に観念してドアを開けると、彼は少し頬を膨らませてそこに突っ立っていた。
「うわ!全員いるじゃねーか!なんでオレだけ仲間外れ…って、めっちゃ甘い匂いする……ケーキでも食ってたのか?」
『食べてたっていうか、作ってたっていうか…』
もうどうしようもないので事情を話す。二人にバレンタインの準備に付き合ってもらっていたこと、ペパーにあげるものだったから内緒にしたかったこと。そこにたまたまペパーが来ちゃって咄嗟に隠そうとしただけで、さっきの居留守に悪意はなかったこと。
話を聞いたペパーはしばらく考え込んで、それから小さく笑った。
「…それなら、オレも一緒に作りたかったな。レンがオレのために頑張ってくれるのは嬉しいけど……オレだけ混ざれないの、寂しいからさ」
オレで良ければ教えるし、とペパーがはにかむ。本音を言えばペパーの手を借りずに美味しいものを作って喜ばせかったんだけど、それで本人が寂しがるなら、次からはそうしようか。
「ごめんね」と謝ったら「全然!」と太陽みたいに彼が明るく笑って、私の手を取って「邪魔するぜー」と部屋に上がり込む。
結局全てバレたので四人でお菓子を囲むことになり、なんならペパーが「オレのも持ってくる!」と言ってチョコレートが追加された。ついでに夕飯としてサンドウィッチまで作ってくれて、一気に賑やかな食卓が出来上がる。
「レンのは言わずもがな美味いけど、二人のも美味いな!…でもボタンのこれ、何の形だ?」
「ハート!! なんか膨らんじゃって丸くなってるけど!!」
「ペパーのチョコはさすがだね!お店に並んでるやつみたい!……レンの分だけ、やたら大きいけど」
「レンにあげようと思ったら、気付いたらデカくなっちまってて…。
てか、明日がバレンタインなのにフライングで食べちゃったなー」
『じゃあ明日は帰りにチョコの食べ歩きでもしようか?』
「「「賛成!」」」
みんなでわいわい過ごすバレンタイン前夜。当初の予定とは違ったバレンタインになったけど、これはこれで良かったかもな、なんて。自然と頬が緩むのを感じながら、ペパーから貰ったチョコに目を移す。
ネモが「やたら大きい」と称したそれはハートの形で可愛い縁取りがしてあって、ベタに「I Love You」とストレートなメッセージが書いてあった。
「レン、」
『なに?……!』
「来年は寂しくさせんなよ?オマエから貰えるなら、オレは何でも嬉しいんだから」
『あー…うん、……ありがとう』
「こらー、目の前でいちゃつくな〜」
「バレンタインはいちゃつくイベントだろーが!!」
ペパーに引き寄せられて、何かと思えばキスをされて。…相変わらず、人前とか全然気にしないなあ。
不意打ちのキスで熱くなった頬を押さえる。まだペパーからのチョコは食べてないけど、その独特な甘さを唇に感じた気がした。…そういえば、ペパーはさっき自分で自分の持ってきたチョコ食べてたっけな。
いつものみんなとのお祭り騒ぎは夜が更けるまで続いて、気付けば日付が変わっていて。明日も学校だと慌てて解散して、「来年も一緒に作ろう」と約束してから手を振った。
あれだけあったお菓子はすっかり食べ切って、もう何も残っていなかったのに、
一人になってからもしばらく、甘ったるい香りが部屋に充満していた。
愛しさが唇を掠めた
(Happy Valentine's Day!)
END.