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「ちょっと良いですか?」



埃っぽさが目立つ薄暗い部屋。その隅にポツンと置かれたベッドに横たわっていた人物に声をかける。
とても気が休まるとは思えない無機質なその仮眠室は、“バーボン”としては何度か利用したことがあるが熟睡出来た試しはない。




『ええ、良いわよ』




寝転がったままこちらを振り返ったその人は、こんなところにいるには勿体ない美人だった。


手荷物も持たず上着だけ羽織った“アマレット”を連れて外へ出る。
途中すれ違ったキャンティに「どこ行くんだい」と言われたが、アマレットが「作戦会議。すぐ終わるわ」と答えたらそれで会話は終わった。

彼女を表に停めていた車に乗せ、エンジンをかける。
いまいち考えていることが分からなかった。




「どうして嘘を?」


『そうしないと貴方が怪しまれるでしょう?』


「…だから、どうして僕のために嘘をついたんだと聞いてるんです」


『答える義理はないわね』




用件が何なのかを言っていないので、アマレットにはこの後の件の所要時間も内容も分からないはず。現に僕が“バーボン”としてわざわざ出向いたのは、すぐに終わる用事でも作戦会議でもなかった。


どこ行きか分からない車にアマレットは黙って乗り込み、僕も黙って発進させる。
そのまま数十分走った後、人気のない倉庫のような建物の前に車を停めた。道中一言も話さなかった彼女が「こんなとこで話がしたかったの?」ととぼけたように僕に聞いたので、僕も「誰にも邪魔されたくなかったもので」と適当に返した。




「単刀直入に聞きますが、先日警察庁からNOCリストを奪ったのは貴方ですよね?」


『…どうしてそう思うの?』


「現場に髪の毛が落ちていたので、組織の人間のものと照合したんです。DNAが一致したので、貴方で間違いありません」




──盗んだ情報はどこに?

アマレットへの用件とは、数日前に起きた警察庁への侵入事件と、内部の人間には覚えのないアクセスログが確認されたNOCリストの件だった。




「普段貴方は裏方しか担当しないから、こんなに派手なことをするとは思っていなかったんですがね」


『たまには良いんじゃない。気分転換で』


「…リスト、見ましたよね?何故ジンに黙っているんです?」




拳銃を突きつけたが、組織の人間である彼女はどうも上手く怯んではくれなかった。


侵入事件が起きたのは自分が現場にいない間。
どこからか忍び込んだ彼女はNOCリストのデータを持ち出そうとコンピュータにメモリを接続し、その直後に監視カメラの映像に気付いた警備員に追い掛けられ、窓ガラスを破壊して逃走した。

現場に残された手がかりから侵入者が割り出され、該当組織に潜入捜査中の自分が急いで駆け付けたのだが。当の本人はリストの入ったメモリを所持していない上に仮眠室で寝ていると来た。
ジンによるとどうやらメモリは紛失したことになっており、リストも画面上で上手く表示できず見れなかったことになっているらしい。

しかし監視カメラの映像を見る限りリストは画面に表示されていた。仮にリストが見れなかったにしても、自分で用意して行ったメモリの紛失は言い分としておかしい。
それなのに黙って寝かせられているほど組織にとって信頼の厚いアマレットが、彼女にメリットがあるとも思えない嘘をついていることが不可解だった。




『貴方としては黙ってた方が都合が良いんじゃないの?』


「…やはり見ていないというのは嘘ですか……」


『だからこれ、あげる』


「…は?」




彼女が不意に上着のポケットに手を突っ込んだと思ったら渡された“それ”。
小さくて黒いチップは、紛れもなく記憶媒体。




「ま、まさか…」


『盗んだリストが入ったメモリ。冗談だと思うなら帰って調べてみることね』




呆気に取られた自分とは対照的に自嘲気味に笑う彼女。
一体どこにどうやって隠していたのだろうとか、何故隠す必要があったのだろうかとか。考えることも聞きたいことも山ほどあったが、その前に彼女の様子がおかしいことに気付いた。




「おい、どうした!?」


『痛み止めが…切れかけてるみたい……』




アマレットが苦しそうに息を吐いて助手席で項垂れる。
慌てて電気をつけると、さっきまで普通に話していたはずの彼女の顔色がかなり悪い。

腹を抑えているので手をどかして服を捲り上げると、そこには血の滲んだ包帯が幾重にも巻かれていた。




「お前、これ…!」


『ふふ…わたしがお使いに、失敗…しちゃったから……』


「ジンにやられたのか?失敗って…データはここにあるんだろ?まさかお前もリストに…」


『載ってないわ……わたしはほんとに、ジンの所有物…だから…』


「じゃあなんで…」


『…わたしに、それを言う資格はないけど……。
そうね…前にバーボン、わたしのこと“ジンのお気に入り”って言ってたでしょう?』




ここへ来る間ずっと我慢していたのか痛み止めが効いていたのか分からないが、彼女の傷に全く気付けなかった。こんなことなら先にどこかに寄って手当をしたのに。

すぐ近くから聞こえるヒューヒューという嫌な呼吸音が酷く耳障りだった。
だんだんとか細くなっていくその声に、胸がざわめく。




『わたしがジンのお気に入りなら……バーボンは、わたしのお気に入りよ…』


「…!」




──ありがと。

何に対してなのか分からない礼を呟いて、アマレットが静かに目を閉じる。




「アマレット!しっかりしろ!今からでも病院に…!」




必死に声を掛けるがもう返事はなかった。
メモリチップをポケットに入れ、彼女を抱き上げて後部座席に寝かせる。

か細いが、まだ呼吸はしている。まだ希望はある。




「言い逃げなんて許さないからな…!!」




アクセルペダルを勢いのまま深く踏み込む。
制限速度などとっくに超えていたが、構わず一番近くにある病院へと向かった。






Revive 




END.