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「沙月……」


『…降谷さん、お忙しい中ありがとうございます』




振り返れば、綺麗なブロンドに深い青の瞳を持った男の人が立っている。
今は探偵をやっているらしいその人は、ヒロくんにとっても大事な人だ。




『わたしが降谷さんをここに呼び出した意味、わかりますか?』


「……、…ああ」


『降谷さんは知ってると思うんですけど、わたし、ずっと怖くてここに来れなくて。
でも今日は、絶対ここじゃないといけないんです』


「…ヒロがいないとダメなんだろ?」


『はい!』




笑顔で話す私と、どこか悲しそうな顔で返事をする降谷さん。
知り合ったときからいつも少し離れたところで眺めていた彼の笑顔は、あの日を境に見ることができなくなってしまった。
それを今日で終わらせたい。そして終わったことをヒロくんに伝えたい。

だから今日一日だけ、あと一回だけ。
天国から、どうか私に力をください。




『…ヒロくんがね、言ってたんです。絶対チャンスは来るからって』


「チャンス…?」


『言われたときは半信半疑というか、何なら八割方疑ってたんですけど。
ヒロくん、ずっと応援してくれてたから。お前なら大丈夫だって、背中押してくれたから』




今まで合わせられなかった降谷さんとの視線を合わせる。つい反射で逸らしそうになるけど、今日だけは耐える。
吸い込まれそうな深いブルーは、まだ状況を読み込めていないようでゆらゆらと揺れていた。


――言える。今しかない。大丈夫。ヒロくんが見守ってくれてるんだから。
震える両手を胸の前で握り締める。油断したら泣いてしまいそうだった。




『…あいつは何でもできるのに、自分のことになると疎いから、チャンスが来たら絶対逃しちゃダメだぞって。
あいつはちゃんと言わないと分からないって……ヒロくんは降谷さんと仲が良かったから、降谷さんのこと、いっぱい教えてもらいました』


「…!」


『ほんとは…ほんとは、ヒロくんが生きてる間にちゃんと結果を報告したかったんです。…でももう叶わないから、だからここに降谷さんのこと、呼び出したんです』




――ここなら、彼に声が届く気がしたから。
震える唇で言葉を紡ぐ。降谷さんが珍しく驚いた顔をしていた。


「好きになっても良いですか」、なんて。私は降谷さんにそんなことを言ってもらえるような立派な人間ではなかった。
せっかく仲良くしてもらってたのに、気に掛けてもらってたのに。私は恥ずかしくて目もろくに合わせられなくて。


ヒロくんが亡くなってから、私のことをいの一番に心配してくれた降谷さん。心が不安定なときには傍に居てくれた降谷さん。
彼の厚意を純粋に受け取れない自分が嫌だった。こんな中で気持ちを伝えるなんて、降谷さんにもヒロくんの応援にも失礼だと思った。この先もずっとこうなんだ、と自己嫌悪に陥っていたら言われたのがあの言葉。

ヒロくんの言っていた「チャンス」が訪れたと確信した。ほんとに来るなんて思っていなかった。
あの日は驚いて何も返せなかったけど、今日はちゃんと覚悟を決めてきた。…大丈夫。
生前のヒロくんの「頑張れ」って言葉が、頭の中で蘇る。




『ずっと前から好きでした。…わたしのこと、好きになってくれますか?』




海の色みたいな綺麗な瞳が太陽の光できらめく。

吹き抜けていったビル風の中に、もう随分と懐かしく思える声で「やったな」と聞こえた気がした。











END.