09
「とりあえずこの部屋を使ってくれ。
悪いが空き部屋がほとんどないんだ…もし咲来ちゃんがここに留まるようならそれはそれで考える。
今日はここで我慢してくれ」
ペンギンさんが案内してくれたのは船の中のひとつの小部屋。
「唯一空いているんだがほぼ物置と変わらない」と言われたそこは、確かに荷物で散らかっていた。
今から片付けるからそこのソファーでちょっと待ってろと言うペンギンさん。
手際良く物を拾い上げては仕舞うこの人の部屋は綺麗なんだろうなと予想がつく。
「……なァ咲来、おれと同じ部屋でいいのか…?」
『…でも、どうしようもないじゃない』
帽子を取り、ソファーに並んで座ったエースさんは少し気まずそうに口を開く。
一日だけ泊まるにしても寝る場所はどうやっても必要になる。
男だらけのこの船に女一人、でも色気など微塵も持ち合わせてない女だと自覚のある私はそれに対してそんなに心配はないだろうと勝手に思っていた。
しかし「絶対に危険だ」という一点張りのエースさんに反論することができず、その結果がこれ。
他の船員さんは複数人で部屋を使っていることが多いらしい。
まあ確かに、この人数分だけ部屋があるとは到底思えない。
唯一一人部屋を使用しているのは船長であるローさんと仕事部屋を持つペンギンさんくらいだそうで。
女性が乗るのを想定していなかったこの船には私の居場所がないと言っても過言ではない。
ローさんの部屋に転がり込むのだけは避けたいので一番に選択肢から外した。どのみちエースさんからの許可も下りないだろう。
頼みの綱だったベポは他の船員さんと雑魚寝をするのが日常らしい。
「じゃあペンギンさんは」と言った私になぜかシャチさんが猛反対。エースさんも「男と二人には変わりねェ」と反発。ペンギンさんいい人だと思うんだけどとぼやいたら「危機感が足りねェ」とエースさんに怒られた。
溜息を吐いたペンギンさんが空き部屋なら作ればひとつ用意できると言ってくれ、そこにしようとようやく事態が収まったと思った。が、「寝込みを襲う輩がいたらどうする」と心配性なエースさんが騒ぎ出した。
そんなことを私にするような人なんていないと口に出そうとしたが、やけに必死なエースさんにそれは言葉にならなかった。
出した結論が作った空き部屋にエースさんと二人、だった。これを決めたときの船員さん達のブーイングと言ったら、それはそれは今日一番のもので。
ローさんもローさんで怖い顔をしてたし、いまいちこの世界の人間の気持ちがよく分からない。
肝心のエースさんは隣で複雑な顔をしていた。あなたが心配性だからこんなことになったんでしょうが。
『エースさんがいれば安全な自信はある。
ぶっちゃけ言うとわたし、ローさんの部屋以外ならどこでもいい』
「男とはだめだ、絶対だめだ!おれが許さねェ!」
『でもエースさんだって男の人じゃん』
「うぐ………」
「ベポを今日だけここに連れてくれば良かったんじゃないか?」
「ベポってあの白クマだろ?頼りにならねェ、どのみち船長が来たら逆らえねェんだろ」
掃除をしながらのペンギンさんの提案をあっさり却下するエースさん。
この案は私も最初に思ったのだが、じゃあベポがローさんの命令に逆らえるのかと言われれば黙るしかない。多分逆らえない。
『…わたしは、いいよ?
エースさんと一緒の部屋で……』
「咲来…」
『だってエースさん一番頼りにしてるし、別に何も起きないって、分かってるし』
「うっ……」
「…咲来ちゃん、それ以上火拳を困らせてやるな」
掃除をし終えたらしいペンギンさんが溜息をつきながら言う。
「お前も大変そうだな」と同情の眼差しをエースさんに向ける彼の意図は分からない。
「そろそろ日が落ちる時間だ、夕食はこちらで用意しよう。呼びに来るからそれまで部屋にいてくれ。
戻ってきても構わないが…二人で話したいこともあるだろ?」
『はい、…ありがとう、ペンギンさん』
「礼なんていらない。
それと敬語もいらない、おれのことは呼び捨てでいいし、もっと気軽に話しかけてくれよ」
『! うん、…ありがと、ペンギン。
わたしのことも呼び捨てでいいよ?』
「そうか。分かった、咲来」
荷物を一つにまとめた彼は、「ごゆっくり」と笑って部屋を出て行った。
柔らかい笑顔に心が温まる。
「…なんだよ咲来、あいつのことはあっさり呼び捨てにしやがって……」
隣で不貞腐れだしたこの人は私がペンギンのことを呼び捨てにしたことにご不満のようだった。
同じことを言ったはずの自分と扱いが違うとでも言いたいのだろう。
「エースさんはずっと好きだったからそう簡単に呼び捨てにはできないの」と言えば、照れたように「そうか」というものだから単純で可愛い。
『……それでね、これからのことなんだけど…』
エースさん以外が出て行った部屋で、ぽつりぽつりと自分の考えを言葉にした。
――
エースさんとここに残りたい。
簡単にまとめればそういう意見を彼に話した。
「……、そうか…」
どうすっかな、と考え始めるエースさん。
思えばこの人には我儘しか言っていない。
最初に見つけてくれた彼に面倒を見てもらいたがったのも私だし、この船に寄り道をねだったのも私。
さらにはここに彼を巻き込んで残りたいだなんて、なんて我儘な異世界の女なのだろう。
でも今回はさすがに望みが薄い。
もともとこの船とは何の関係もないエースさん、それどころかこの世界では有名な白ひげ海賊団の二番隊隊長を務める男だ。
そんな人にこんなお願いをする人なんてどこを探してもきっと私しかいないだろう。
ちょっと困ったような顔をした彼は、しかしながら「仕方ねェな」と呟いたのだった。
「…分かった。しばらくはおれもここに残る。
咲来だけ置いてくなんてできねェし……でも、時々おれはここを出るぞ?
その時はおれに着いてきてくれるって約束するなら、いいぞ」
『!
もちろん!』
「ただおれもこの船の船員ってわけじゃねェし、ずっと居座るわけにもいかねェ。
幸いにも今は長期で出掛けるってオヤジには伝えてあるけど…永遠に帰らないわけにはいかねェ。
その時はまた言うが…あいつはなんて
『ありがとうっエースさん大好き!』
……のわっ!!?」
あまりにも優し過ぎるエースさんに思わず飛びついた。
初対面の私にここまでしてくれるなんて。天使は私じゃなくてこの人だ。そうに違いない、前から薄々思ってたけど今確信した。
突然のことに対応しきれていなかったらしいエースさんはソファーに倒れこむ。
その上にかぶさるようにして抱きついた私、無意識にも近かった行動に「ごめんなさい」と肘をついて体を軽く起こす。
「……咲来、あんまりそういうこと言わない方がいいぞ?」
『どうして?ほんとのことだもん』
「お前な、」
「だから危機感が足りねェんだ」と、横になったままのエースさんは目を細めた。
――この人との距離が異常に近い。
今更と言えば今更なのだけども。物理的な距離でも今は近いけど、主に精神的な距離が。
私が一方的に心を許しているのは置いといて、エースさんは初対面にもかかわらずやけに優しい。
私が甘えるからだろうか、だから甘やかすのだろうか。
この人の性格は漫画で知っていたけど、女の子との描写は皆無だったから愛読者であった私にも今までの行動は全く読めなかった。
扉絵で見たことがなくはない気がするけども、助けてもらった代わりにされた頼まれごとを快諾しやり遂げるという、気のいいエースさんなら誰にでもOKを出しそうな話だったしあまり宛にならない。
少なくとも私なんかをあそこまで必死に守ってくれるとは思っていなかった。
拾ったことに責任を感じているのだろうか。他の人でもこうなのだろうか。
恐らくそうなのだろうと答えを出して勝手に悲しむ私は、きっと無意味に嫉妬している。
『エースさん、』
「…何だ?」
“向こう”にいたときに大好きだったこの人。それはここでも変わらない。
今日はバタバタしていて、こんなに近くでこの人をじっくりゆっくり見るのは初めてだ。
最初はこの人がエースさんだなんてとてもじゃないが信じられなかった、けど目の前にいるこの人はどう見たって私の中にいるエースさんと一致する。
姿も、声も、人間性も。
肘だけで体を起こしている私の目にはわずか15センチ程度の距離にエースさんが映る。夢でも何でもいい。でも確かに、確かに感じる。
くしゃりと髪を撫でれば、「何だよ」と彼は小さく笑った。
『……、…あのエースさんが目の前にいるんだね…』
「あのって…おれはアイドルでもなんでもねェぞ」
『……ううん、わたしにとってはずっと特別な人だった』
そう言って目を細めれば、「弱ったな」と彼は苦笑いする。
「そんなに見つめんなよ……変な勘違いさせんな、咲来」
『…勘違い?』
重力で垂れた私の長い髪を彼は指で掬って耳にかける。
おかしいな、この人、こんなに色気のある人だったっけ。
そんなことをぼんやり頭の隅で考え始めた私は、きっと今の空気に酔っている。
「おーい咲来ちゃん、夕食の準備が出来………」
「『!』」
何の前触れもなしにバタンと開かれたドアを見やれば、呼びに来てくれたであろうシャチさんの姿。
私たちを見つけるなり彼はわなわなと震えだした。
「……てめェ火拳!!お前咲来ちゃんとそういう関係だなんて聞いてねェぞ!!」
「ちげェよ、何勝手に勘違いしてんだ!」
怒鳴り出すシャチさんに慌てて体を起こす。
同じように寝転がっていたエースさんもだるそうに体を起こした。
「邪魔しやがって」と言ったエースさんの言葉は、私に届く前にシャチさんの声に掻き消された。
しばしの幸せタイム。
(邪魔されただなんて思ってごめんなさい、シャチさん)
END.
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