08







「おれが落とせば、…その気になるか?」




そうゆっくり呟いてやれば、目の前にいたあいつは一目散に逃げ出した。




「…っくく、ウブだな」




耳まで赤かったのなんてあの一瞬で十分丸わかりだ。


異世界から来たと言うそいつは見た目は至極普通の女だった。
おれからすればただのガキ、それくらいの年齢の。

しかしクルーと絡んでいるそいつを見ているうちになんとなく普通とは違う雰囲気を感じ取った。
真っ先に案内役を買って出たシャチの自己紹介に知ったような顔をしているのをおれは見逃さなかった。

最初は気のせいだと思っていたが、ペンギンやベポにも同じ反応を見せていたあたりから気のせいではないのかと疑い始めた。特にベポには大抵の人間が驚いた反応を見せるのだが、彼女には一切なかった。喋るクマだ、普通なら少しくらい反応を見せる。
問い詰めれば「わたしはこの世界の人間じゃない」と言い出した。


もちろんまだ信じているわけじゃない、だがそいつの持ち得た情報はクルー以外に知られていないであろう情報が多々あった。
能力や出身ならまだしも誕生日と身長なんてどこから仕入れてくる情報なのだろう。しかも自分に関しては一致している。あいつの言う通りなら全て辻褄が合ってしまうのだから仕方ない。

試しに火拳の誕生日と身長も聞いてみたが、一切迷いもせず答えてきた。
誘導尋問でもしてみようかと試みたが案外その手には乗らなくて。口は割らないと言ってその後は何も話さなかった。



彼女の欠点はやたら素直なとこらしい。ハッタリで言ってみた質問にも簡単に答えちまう。
首を振ればそれまでだったものを。

喉の奥でくつりと笑う。
彼女を追いかけるように、開けっぱなしだった扉をくぐった。




――




「おいお前!咲来に何かしただろ!」


「…おれは治療をしてやっただけだが」




戻ると火拳に抱きしめられた咲来とブーイングの嵐がそこにあった。
無論、ブーイングはおれではなく咲来にくっついているこの男に対するものである。そんなものはどうでもいいというように火拳は声を荒げたが。
咲来も咲来で、おれを見つけるなり睨みつけてくる。そんな涙目で睨みつけられても全然怖くねェが。

大方、部屋に戻ったこいつは最初に火拳に泣きついたのだろう。
詳しい理由は知らないがこいつが火拳に懐いていることは見れば分かる。
そしてその彼女を大切そうに撫でる隣の男もなかなか重症のように見えた。




「単に治療しただけで咲来がおれに飛びついてくるわけねェだろ!」


「……そうだな、少しからかった」


「! てめェ…」


「火拳屋、やけにそいつに肩入れするじゃねェか…お前も情報目当てか?」




ただの拾い物だと言っていたあれは嘘だったのか。
そう思って投げかけた質問に火拳は首を傾げた。




「情報?」


「…違うのか、なら別にいい……お前、そいつから話聞いたか?」


「……いや?」


「…そうか、じゃあおれから話そう……率直に言う、こいつをおれの船に乗せる」


「「!」」




その言葉に驚いたのは何も目の前の火拳だけではない。周りにいたクルーが一人残らず騒ぎ出した。
無理もない、女に対してこのセリフを吐いたのはこれが初めてだから。

火拳の目つきが一気に変わる。
ああ、こりゃ相当だなと心の中で笑った。




「こんな危険な場所に咲来を置いておけるか!断る!」


「そうか…なら仕方ねェな、力づくで」




チャキ、と刀に手をかければ咲来がぎょっとしておれを見る。
そう簡単に火拳がやられるとは思っていないだろうが、自分のせいで戦闘が始まることは避けたい様子。それもそうか、こいつも火拳が大好きなようだから。




「大体お前、咲来から許可はとったのか!」


「いや?…しかし、拒否はされてなかったように思えるが」


「こいつとはおれが最初に会ったんだ!お前にどうこうされるもんじゃねェ!」


「出会った順番なんか関係ねェだろ?
そもそもおれに会いたいと言い出したのはそいつのはずだが?」


「ぐ……と、とにかくだ!
咲来はお前になんかやらねェからな!」




言い返す言葉が無くなったのか火拳はひたすら咲来を抱き寄せる。やはり口喧嘩は強そうじゃない。
周りからは「もっと言ってやれ船長!」だの歓声だのが聞こえるが多分こいつらは咲来目当てだろう。単純な奴らだ。

ここにきてようやく、騒ぎの当人である咲来が立ち上がった。




『あ…あの!今日だけ、今日だけ…考えさせてほしいの…。
エースさん、どのくらい時間平気…?』


「別に…おれはそんな急ぎじゃねェよ、咲来次第だ」


『じゃあ、今日だけ…考えさせてください…。
…泊まっても平気ですか……?』


「まァ…構わねェよ」




大体船に乗せると言っているだろう、そうしたら泊まるどころの話ではない。住むレベルでこの船にいてもらうつもりだ。
火拳が一緒なのは想定外だが、もともと男しかいないこの船だ。一人増えたくらいどうにかなるだろう。


どかりと近くにあった椅子に腰を下ろす。
煩いくらいに湧き上がった船内は先刻見かけた覚えがある。




「咲来ちゃん泊まってくってよ!!しかも上手くいけば船に乗るかもしれねェって!!」


「なるほど、この癒しの時間がもう少し延びるってことだな!!」


「…咲来、おれの傍を離れるな。絶対だぞ?」


『分かってる、エースさん』


「おいこらそこ!!いい雰囲気になってんじゃねェ!!」


「……」




火拳が咲来の両手を握りしめ、彼女は火拳にふわりと笑う。
近くにいたシャチがそれを壊すように声を荒げるが二人の様子は変わらない。


その光景に――なんとなく、面白くねェなとおれは思った。
理由を説明しろと言われれば難しい。ただなんとなく、なんとなくそう思っただけ。



まァいい。
どのみち、狙ったものは逃さない。




「……落としてやる」




喉の奥で、再び小さくおれは笑った。






戦闘開始?
(奪うのが、海賊)




END.






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