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「「いっただっきまーす!!」」




大人数の船員さんが入れるよう設計された大食堂に不機嫌オーラ全開のシャチさんとエースさんとともに辿り着く。
終始喧嘩をする二人の間で私は縮こまっていた。

先程のあれを目撃されてしまった。
別にいかがわしいことなど何もしていないのだけど、思い出すと顔が熱い。
エースさんは何を考えてたんだろう、今になって思うのはそれくらいだが本人は何事もなかったかのような顔をしているから気にしているのは自分だけかもなんて。


案内された食堂の席に座る。
挨拶とともに食べ物の奪い合いが始まった。




「それおれの肉だぞ!!」


「おれが取ったんだからおれのだ!あ、ベポそこのソースとってくれ!」


「アイアイ!」




賑やかな食事が始まったなあと他人事のように考えながら、目の前に用意されていたサラダから手をつける。ぼうっとしていたら食べ損ねそうだ。
どんな料理が並んでいるのかと周りを見渡せば視界の端にローさんが映り、瞬間、ぱちりと目が合って思わず逸らす。ここに来て早々、二人と気まずいなんて想定外だ。そもそも二人に出会ったのが想定外中の想定外なのだけど。

船員さんの声をBGMに野菜を頬張っていたら、隣でひたすら肉を平らげていたエースさんに肉の乗った皿を突き出された。そんな突然目の前に出されたらびっくりするのですが。




「咲来!肉食え肉!お前細すぎるぞ!」


『…わたし、太りたくはないんですけど』


「ちょっとやそっとで太らねェくらい細いから大丈夫だ!ちゃんと食べろ!」




半ば無理やり皿を持たせたエースさんは直後に肉の奪い合いに参加していた。
どちらかというと私はこのサラダをあなたに食べさせたい。お肉ばっかりじゃバランスが悪いだろうに。

母親でもないのにそんなことを思っていれば、突然その人がガチャンとぶっ倒れてびくりとする。
周りがどよめく中、「そういえば寝る癖があるのよね」と返した私はもしかして相当馴染み始めたのか。




「食事中に寝るのかよ火拳は!?どんな癖だ!」


『わたしに聞かれても……』




前方に座っていたシャチさんが突っ込みを入れる。
そんなの私が聞きたい、どうやったらこんなに前触れもなしに夢の国へ旅立てるのか。漫画で見たことがあっても実際にされると驚く以外にない。

数十秒後にはっと目を覚ましたエースさん、料理に突っ込んだ顔を借りてきた手拭で拭いてやる。




『もう、なんで急に寝るのエースさんは…』


「んあ…?……ああ咲来か…わりぃ、」


「いいな火拳てめー!おれも突っ込むか!」


『ちょっ、やめてくださいよ!?』




あろうことかマネしようとし出した船員さんを慌てて止める。
一体何を言い出すんだ、料理がもったいないし私の仕事は増えるしでいいことがまるでない。


その後も突然寝るエースさんや黙々と食べ続けるローさん、料理の奪い合いをする船員さん達と食事を続け、一時間ほどを私は騒がしく過ごしたのだった。




――




「……おい、」




食事が終わり椅子で腰を休めていると、不意に声をかけてきたのはローさん。
最後に絡んだのがあれだったから少しびくりとしてしまった。

でも彼は屈んで「答えは出たのか」とこっそり耳打ちしてきただけ。その態度が先程のエースさんとかぶる、やはり私は気にし過ぎなのか。
話したことをそのまま伝えれば、満足そうにローさんはにやりと笑うのだった。




「クルーへの詳しい説明はまた明日する…。
さて、今日のこの後のことだが」


『…?』


「風呂、入りたいだろ?」


『!
あ、はい!』




お風呂、その単語に突っかかる私。
今日一日ずっとこの汚れた衣服をどうにかしたいと思っていたところだ。

今でこそ乾いてるけど、汗も掻いていたし臭ったら嫌である。一応女の子だ、それくらい気にする。しかも今はあのエースさんも一緒だ。




「風呂はおれの部屋にひとつ、共同用のでかいのがひとつ……お前には特別におれのを貸してやってもいいが?」


『…け、結構です』




ニヤニヤしながら近付いてくるローさんはどうせよからぬことしか考えていない。
からかわれてることくらい分かってるのに、距離を詰められるたびに鼓動が速くなる心臓はどうしようもなくて悔しい。
とにもかくにも、どんなに順番待ちしようが共同用のを使わせてもらおうと固く決意した。


「釣れねェな」と笑った彼はくるりと反転して背を向ける。




「ペンギン、一番小せェ服を持ってこい」


「わかった」


「おっ、何だ何だ!?風呂か!?」


「風呂だと!?」




ローさんの言葉にざわつく周囲。そんなにみんなもお風呂に入りたいのだろうか。確かに気温は高かったし、考えていることは同じでもおかしくない。
私に構わず皆さんから入ってくださいと言おうとしたとき、突如肩に見慣れた腕が回された。




「お前らいい加減にしろ!咲来と一緒に入りたいとか考えてたらぶっとばすぞ!!」




ぐいっと抱き寄せられてその人の胸に収まる。
見なくても分かる、エースさんだ。
割とその行為自体には慣れてきたが、心臓に悪いことに変わりはない。もちろん嫌とかではなくて、むしろ私が喜んでしまうのでエースさん的にはそれでいいのかと。


「バックがこええな」とぼやく船員さんの隣で、シャチさんがにやっと笑った。




「そう言うお前も咲来ちゃんと入りてェんだろ?ん?」


「は……はあ!?
ン、ンなわけねェだろ!?」


「どうだかねえ?」




にやにやしながら詰め寄るシャチさん。
そんなわけないでしょと代わりに返そうとした私の隣で、予想に反してなぜかエースさんは動揺しまくっていた。

信じていないわけではない。いやまさかそんな、疑うつもりは全くないのだけど。




「…!!?
咲来、おれは別に変なこと考えてねェからな!?」


『……』


「火拳も男だもんなァ〜。仕方ねえよなァ〜?」


「だから!おれは何も…!」


『…言っておきますけど、わたし変態が一番嫌いなので』


「「「!!!」」」




――ピシリ。
その場にいた全員が固まった。まるで時でも止まったかのような見事な光景に、そんなに驚くことかとエースさんを見上げる。

何か変なことでも言っただろうか。いや、変なことならシャチさんの方がよっぽど言っている気がする。




「見たところこれが一番小さいサイズだな……ん?お前ら、どうした」




戻ってきた何も知らないペンギンが固まっていた場の空気に首を傾げる。

唯一いつも通りのベポに「何かあったのか」と質問し、彼は「咲来はヘンタイが嫌いなんだって!」と答えていた。答えるついでに「ヘンタイって何?」と質問し返す純粋な彼。




「……ああ、そういうことか。
お前ら、咲来に嫌われたくなければ言動には気をつけるんだな」




フフッと笑ったペンギンは周りより精神年齢が高めの様子。漫画ではそんな印象なかったのだけども。

続いて私に「ちょっと立ってみろ」と促す彼は持ってきた服のサイズを合わせたいらしい。




「…でかいな。でもそれ以上小さいのはないんだ……なんとかして着てくれないか」


『うん、頑張ってみる!ありがとうペンギン』




場の空気なんて何のその。
いつも通りに話す私たちにやっと正気を取り戻したのか、徐々に動き始める船員さん。




「…って!お前いつの間に咲来ちゃんと仲良くなってんだ!」


「お前の方が喋っていたくせに」


「咲来ちゃん!おれも呼び捨てにしてくれ!あと敬語いらねえ!」


『…うん、分かった、シャチ』




くすりと笑えば、彼は嬉しそうに笑っていた。





――





『わたし最後に入るね、それまで部屋にいる。エースさんは?』


「! あ、ああ、おれも戻る」




ペンギンにもらった服を持ってガタリと席を立つ。
部屋に戻ろうとしたら、なぜかシャチに止められた。




「…咲来ちゃん!先に入れ!」


『え?』




がしりと掴まれた肩に身動きができない。
先に入れ、とはお風呂のことだろう。

でも客である私がみんなを差し置いて一番風呂なんて、とシャチに言えば「いいから入れ」とひたすらに言われた。




『……ベポも連れて行っていい?』


「あ、ああ…いいぞ!」


「じゃ、一緒に入ろう咲来!」




命令のように言われるそれに逆らうわけにもいかず、渋々頷いた私は服を持ってベポとお風呂場へと向かう。
さすがにエースさんを連れて行くわけにはいかないし、かと言って一人は心細いから。

もこもこのベポの手を握る、なんて可愛いんだろうと癒されながらその場を去った。




「……何でわざわざ先に入らせた、何かまた企んでるんじゃ…あ、覗きってんなら今すぐにでものめすからな!」


「覗きなんてお前…そりゃあ、出来るものならしてえよ!ベポになりてえと思ったのは初めてだ!!」


「ぶっ飛ばすぞお前!!」


「でもさっきの言葉聞いた後に出来るか!ばれたら即おれは咲来ちゃんに嫌われる!!」


「当たり前だ!!」


「…まだわからねェのか火拳、お前、この後おれらも入るんだぞ!咲来ちゃんが入った後の!風呂に!!」


「……!」




力説するシャチ、同調する周囲の船員。
「どのみちお前ら変態じゃねェか」と呆れつつも頬を染めるエースさんがいたなんて、知る由もない。




――




『はあーっ、きもちいー!』




湯気の立ちこめるお風呂場は想像以上に広かった。
さすが男だらけの海賊船に備わっている共同風呂なだけある。

足を伸ばすどころか湯船に寝転がったところでスペースが余りに余るそのお風呂場には、今はベポと私だけ。
喋る白クマなんてまず存在し得ない動物だけど、驚きよりも可愛さが勝ってしまったので正直もうどうでもいい。目の前にいて触れるのだからどうしようもないし、何よりこの世界のことについて考えるだけ無駄だ。




『ねえベポ、ここで服を洗うのは可能かしら』


「平気だと思うよー!」


『じゃあちょっと持ってくるね』




ざばりと湯船から立ち上がった私は脱衣所にある自分の服を持ってくる。

今下着を洗ってしまったら上がった時に着ることができなくなる。
いろいろ考えた結果、着ていたワンピースとショーツ、キャミソールだけ洗うことにした。
スカートを穿くときは常にスパッツを穿いているので、それをショーツ代わりにしようという作戦。
違和感が残るだろうが仕方ない、どう考えても“一番小さい男物の服”以外渡されなかったこの船に女性用下着なんてあるはずがないし。あったら今すぐにでも船を降りる。


洗面器に水を張って適当に洗う。
べったり泥がついたとかではないし、そこそこで問題ないだろう。洗面器に石鹸を投げ入れてから湯船に戻った。




「ねえ咲来、咲来はどうしてこの船に来たの?海賊なの?」


『!』




ベポから投げかけられる質問。
「海賊ではないけど、船長さんに興味があったからかな」と答えておく。

続けて「賞金稼ぎとか?」と聞かれ、とんでもないと答えておいた。あの人の首を私がとれるはずがない。
そういえばエースさんは5億の人だっけかとぼんやり考える。




「キャプテンが女の子に興味を示すなんて初めてだよー、びっくりしちゃった!」


『…そうなの?』


「うん、だってこの船女の子一人もいないでしょ?今までもいたことないんだよ!
なのにそんな時間経たないうちに船に乗れだなんて…よっぽど気に入られたんだね、咲来!」


『…そうかなァ……』




きらきらしているベポには悪いけど、それはないだろうなあと心の中で否定する。
あの人の目的はどう見ても“情報”。男か女かなんて関係ない。もし使えなければ捨てられるだけ。




『(……ああ、そうだ)』




――帰れるのかな。


忙しなくて考えていなかった。私はいつまでここにいるのだろう、元の場所にはどうやって帰るのだろう。

そもそもどうやってこんなところに来たのだろう。ただの迷子じゃない、次元ごと飛び越えた迷子だ。
何をどうやったらこうなってしまったのだろう。これから夏休みを満喫するところだったのに。




『……、(帰りたくないな……)』




ただ、そう思ってしまうのも事実で。
向こうに帰ったところで何もない、会いたい友達くらいは居るけど。毎日毎日、同じような日々の繰り返し。


ちゃぷりと掬いあげた透明な液体は指を伝って流れ落ちる。これだけはっきりした感覚なのだ、夢なんかではない。
どういうわけか立て続けに大好きな人に会ってしまったのだ、しばらく帰りたくないと願ってしまうのは自分ではどうしようもなかった。




「ねえ咲来!体洗ってあげる!」


『…え?あ、ああうん、でも力加減とか大丈夫…?』


「大丈夫!いつもはみんなと入ってるし、咲来女の子だからいつもより優しくする!」


『そう?ありがとう』




ベポの声で我に返る。
立ち上がった彼はタオルを持ってきて石鹸で泡立て始めた。

一生懸命なその姿にふっと笑う。
今は余計なことは考えないようにしようと決めて私も立ち上がった。




――




「うーん、やっぱりおっきいねー」


『…そうだねえ』




風呂上がり、下着だけ付けて私は服と格闘していた。


借りた服は予想はしていたがだぼだぼもいいところ。
船員さんが着ればただの長袖の、下は7分丈のつなぎなのだろうけど。私が着ると長袖は通り越して腕は余ってるし、7分丈はそうじゃないくらいに長い。

その二点に関しては捲ればどうにかなるのだけど、胴体部分の余った布はどうしようもない。もともと身長が低いのにこの世界の平均身長が高いものだから。しかもここには男しかいない、当然と言えば当然の結果だった。大体常に女物のSサイズを着用している私が男物のLサイズを着る時点で間違っている。




『…ねえベポ、この船にTシャツみたいなものはないの?大きくていいの』


「多分あるよ!ちょっと聞いてくる!」


『下着じゃなくて今日明日誰も使わないのでお願いね、…あ、一応鍵閉めておくから入る時はノックしてね』


「アイアイ!」




ちょっと待っててねー!とひと足先に着替え終えたベポは飛び出して行った。
せめて上下別々の服だったら着れたかもしれないのにと借りたつなぎを眺める。
ちょっとくらい着てみたかったなとその場で項垂れた。




――




「咲来!ボクだよー!一人だから安心して!」


『ベポね、今開ける』




ドンドンとドアを叩く音。
その声に鍵を開ければ予想通りの白いもこもこ。

ちゃんと前もって言っておいた「他の人は連れてきちゃだめよ」を守っている、言った甲斐があった。




「えーっとね!
聞いてみたら、みんながたまに着てるのと、キャプテンのがあった!」


『ローさんのは遠慮しておくね』




スッパリ言い切るとベポはローさんの服を畳んで脇に置いた。
あの人のを借りたら後で何かありそう。嫌な予感がする。


じゃあこっちねと差し出されたのはシンプルな無地の黒の半袖Tシャツ。暑いときにでも着ているのだろうか。
まあそんなことはどうでもいいととりあえず袖を通す。

半袖のはずだが肘くらいまで袖がある。丈も十分長く、1枚でも予想通りワンピースのように着れた。
素材も薄手ではないし、首元も少し広めに空いてるとはいえ下着が見えるほどではない。ひとまずこれでいいだろう。
下に穿いてるのも下着と言うよりはスパッツだし、万が一見えても問題はない。




『ありがとうベポ。洗った服どうしよう……部屋に干せるかな?』


「ハンガー持ってきてあげる!」


『ありがと、お世話になります』


「いいよー!」




甲高い声にもこもこした体、二本足でドスドス廊下を歩くこの可愛い生き物は本当に癒される。ローさんが可愛がるのも頷ける。
ひとまず部屋に戻って服を干し、隠すようにタオルも一緒に干して部屋を出た。


時計を見れば入ってから1時間近く。長風呂してしまったと、急いでリビングに戻るのだった。







片隅に募るのは“不安”か。
(それとも、)




END.






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