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『お先にお風呂失礼しました!』
ふわふわした特有の笑顔を浮かべながら戻ってきた咲来の格好に、隣にいた白クマ以外の全員が目を奪われた。無論、おれも例外ではない。
『エースさん!先にごめんね』
「お、おう…ゆっくりできたか?」
『うん、とっても!』
真っ先におれのとこにやってきた咲来。
その行動自体は嬉しいと感じつつも、なんでこいつはいちいち周りを刺激する格好しかできないのだろうと頭を抱える。
まず、おれに出会った時。
淡い色のワンピースを着ていた、そこまでは良かった。柔らかい印象の彼女にそれはよく似合っていた。
しかし裾が邪魔だったのか、直後に比較的高い位置でスカートを結び出した。この時点でよろしくない。
本人が思っている以上であろう高い場所に出来たそれを直してやろうかとも思ったのだが、結局言い出せずにそのままこの船へ。予想通りそういう視線を送ってくる奴らがいたから、おれは確認をとって船内に入る前にその結び目を解いた。ブーイングが殺到したが正しい判断だったと思っている。
で、だ。衣装チェンジした今。
白クマが「Tシャツみたいなのない?」と一人(一匹?)でこの部屋に来た時点で何となく嫌な予感はしていた。
彼に手渡されたのは船員が着ているらしいTシャツとトラファルガー・ローの服。
そして今咲来の服はと言うと、ローの服ではなくて船員の服。
あいつのよりまだマシかとも思ったがそういう問題でもない気がしてきた。
「……咲来、なんで下穿いてないんだ」
『穿いてないんじゃなくて穿けなかったの!大きすぎて!
でも借りたTシャツ、長いから隠れるし…問題ないでしょ?』
「中はスパッツ穿いてるから大丈夫よ」とあろうことかシャツを捲り始めたので全力でストップをかけた。見せなくていい、分かったからと。分かったからもうこれ以上はやめてくれ。
「おれたちが普段着ているシャツが着る人によってこんなにも違うとは…」
「おう……あれは何だ…あれか、あれが彼シャツってやつなのか…」
ざわざわし出す船員。その理由をこいつが分かってくれないのがつらい。
目の前の咲来はただでかいシャツを上からかぶっただけというシンプルすぎる格好。
本人の言うとおり大きすぎるそれは膝上までを隠しているため服としての役割は一応果たしてはいる。
ただ結局のところひらひらする裾から生足という状況は変わっておらず、むしろこいつらにとっては自分たちの服という意味でさっきよりプラス要素がでかい。
しかも風呂上がりで咲来の顔はほんのり赤いし、シャンプーの匂いはこいつらと同じなのだろうし。少しでも離したらまずいだろうと腕を掴んで引き寄せた。
船長のローを含む周りの奴らにブレーキをかけているのはまず間違いなくおれという存在だけ。
「…咲来、髪乾かしてねェじゃねえか」
『すぐには乾かないんだもん』
引き寄せれば肌には予想以上に冷たい感触。
「風邪引くぞ」と彼女が首に巻いていたタオルで髪を拭けばシャンプーの香りがふわっと広がった。
長いからなのか、やけにいい香りのそれに少なからずどきっとする。おれが同じシャンプーを使ったところでこうはならないんだろう。
「…おれの優しさを断るとはな」
「!」
なるべく力を弱めるよう心がけながら髪を拭いていれば、不意に声をかけてきたのはトラファルガー・ロー。手には白クマから返されたであろう彼の服。
その姿を見て咲来がびくりとする、こっちに来いと咲来を更に抱き寄せた。
『ローさんの借りるなんて、そんな厚かましいことできないです』
「貸してやってもいいからベポに持って行かせたんだが?」
『それはそうでしょうけど』
「……まァいい…おれも風呂に入る」
「…あ!」
去ろうとしたそいつを「ちょっと待てよ」と引き留めた。
「なんだ」と振り返るそいつに「お前おれと風呂に入れ」と命令する。
予想外であっただろうその言葉にそいつと咲来、周りにいた奴らが目を丸くした。
「…あ?何でおれが……」
「まず言っておく!おれはお前と風呂に入りてェわけじゃねェ、断じて!
でもなァ、おれが風呂に入ってる間に咲来を一人にするわけにはいかねェんだ。見張りが白クマじゃ頼りにならねェ」
「熊ですいません………」
「「弱っ!」」
「…熊なのは別にいいんだが、お前どうせこいつの命令逆らえねェんだろ?
だったらおれがお前と風呂入って見張りをする…それくらいしか方法はねェ」
「……重症だな、火拳屋」
「あ?」
何が、と返したがそいつは馬鹿にしたように笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
「…いいだろう、おれもお前と話しておきたいと思ってたところだ」
反論されるかと思いきやあっさり承諾をもらって面喰らった。
でもまァいいかと立ち上がる。
こいつさえいなければほぼ安心できる、船員はこいつの機嫌を損ねるようなことはしないはずだ。
咲来にちょいちょい突っかかり船に乗せるとまで言ったこいつは少なからず咲来に興味を持っている。その咲来に勝手に手を出したらどうなるかくらい船員も分かっているだろう。
「じゃー船長、おれも一緒にいいっすか!」
「おれも、いいだろうか」
「……構わねェよ」
一緒になって立ち上がったのはシャチとペンギンとかいう奴ら。
次に怪しいのはシャチあたりだからついでに見張るか、とさほど気に留めずにローを追いかける。
「お前咲来守っとけ」と白クマに一言声をかけた。
異様なメンツで風呂に向かうおれらを、咲来は心配そうに見送っていた。
――
「いやー、船長と風呂とか久しぶりっすわー…」
男が5人同時に入れるという共同風呂は確かに普通の何倍も広かった。
順にペンギン、シャチ、ロー、おれと並んで湯船につかる。
途中、「なんか咲来ちゃんの香りする気がする」とほざきだしたシャチに洗面器をぶつけておいた。
「…で、おれに話って何だ?トラファ………トラ男」
「トラ男て…。」
「決まってるだろう…あいつのことだ」
シャチが何か呟いた気がするが気にしない。
あいつ、とは咲来のことだろう。
まァそうだよなと苦手な水に浸かる。あまり長話は出来なさそうだ。
「お前、情報目当てじゃないんだろう。何でそんなに肩入れしてる」
「……、あァ…」
「情報?やっぱり咲来ちゃんには何か秘密があるんですか、船長」
「…まァな」
「どのみち話すことになるからいいか」と、トラ男は咲来についていつの間にか聞き出していたことをゆっくり話し始めた。
まず最初にあいつがこの世界に生きる人間ではないと言っていること。
初めて耳にしたシャチとペンギンが信じられないといった顔で揃ってトラ男を見る。仕方のない反応だろう。おれだってそうだった。
次に、咲来はこの世界を舞台にした物語を本で読んだことがあるらしく、その影響でおれらのことを予め知っていたということ。つまり“物語”が情報源であるならもしかしたら未来に何が起こるのかも知っているのかもしれないということ。そういえばそこまでは考えていなかった。
不意にシャチが「火拳が食事中に倒れた時に焦ってないの咲来ちゃんだけだったなァ」と呟き、そういえばと飯の時間を思い出す。かなり冷静に対応された覚えがある、しかもそれがおれの“癖”だと彼女は言い切っていた。
トラ男が言うには能力や出身の他に誕生日や身長まで彼女は知っているらしく。
唐突に「誕生日いつだ」と聞かれて答えれば、咲来が言っていたのと一致したようで。
「あいつは迷いなくお前の誕生日と身長を答えた。…教えた覚えは?」
「ねェよ…おれは今日あいつと会ったんだ」
「…! 今日会ったのか」
「ああ、拾ったのが今日の昼過ぎだ。
それでオヤジのとこ連れて行こうとして…」
「途中でお前らの船見つけて咲来が寄りたいって言ったから寄り道した」とそのままのことを答えれば、トラ男の代わりにペンギンが「そうだったのか」と答える。
割とシャチと共に見かける確率の高いこの男はそいつとは違って落ち着いた雰囲気。
「…話を続ける。もし仮にあいつが本当に別の世界から来たとすれば、少なからず帰る可能性もあるということだ」
「……!」
トラ男の言った言葉に、シャチと共に目を見開いてから細めた。
――それもそうだ。
彼女は自分が何でここに来たのか、どうやってきたのか分からないと言っていた。
もし突然飛ばされたのであれば同じく突然こちらから向こうに飛ばされる可能性もある。
風呂から上がったらすでにいませんでしたなんて、ありえなくもない話なのだ。
ギリ、と無意識に噛みしめた歯が音を鳴らす。
その後も持っていた情報を共有した。
トラ男はおれのことはさほど敵視していないらしい。海賊をやっている限り、大きすぎるオヤジの存在を知らないはずがない。
喧嘩を売ったらどうなるかくらい船長であるこいつは十分わかっているはずだ。
咲来に関して新たに得たのは咲来が必要以上の情報は漏らさないように身構えているということ。
この世界のバランスを崩したくないだとか、“物語”に影響を与えないかを心配しているらしい。
「……話が逸れたな…お前、なぜそこまで肩入れする?
戦力にもならないあいつに“情報”以外目的があるか?」
「………、…さァな」
「…あ?」
「分からねェよ…おれだって、分からねェ……咲来が戦えないのは分かってる、持ってる情報に興味がないわけじゃねェけど、無理に聞き出すような真似はしたくねェし…。
……ただ、」
――ほっとけねェんだよ。
そう言えば、三人は驚いたような顔をした。
「それだけか」とでも言いたそうに。
「咲来に会ったときさ、おれがいねェと困るって今にも泣きそうな顔しやがるから…。
勢いで一緒に来いよって誘っちまった責任も重なってるけど、…そういうの、今まで生きてきてあんまりなくてよ。
おれがあいつに何か求めてるとするなら、戦力とか、きっとそういうのじゃ……ねェんだ」
自分を必要としてくれる人は、今となってはたくさんいるけど。
面と向かって「好き」と言われたことなんて今までにあっただろうか。
「……、…重症だな、火拳屋」
「…お前それ言うの二回目だよな」
「いやー、火拳も人の子なんだなァ……なんかおれ安心したわ」
「何でお前が安心するんだよ」
「だってあの白ひげ海賊団の隊長だぞ?どんな化け物かと思うだろ、普通はよ。
案外ただの人間だなーって」
「お前オヤジを何だと思ってんだ!」
「火拳も大変なんだな…」
突如にやにやし出す三人に無性にイラッとくる。
なんだこいつら、全部見透かしたように笑いやがって。
「……まァ、…分からなくも、ねェよ」
「「え!?」」
「!」
ぼそっと隣から聞こえたセリフにシャチとペンギンが食いつく。
しかし直後「あいつをからかうのは面白そうだ」と笑いながら続けるトラ男に、さっきまでの複雑な顔はなんだったんだと言いたくなった。
「おれはもう上がる……のぼせそうだ」
「…おれもそろそろまずい」
「能力者は大変だな」
トラ男が立ち上がるのと同時に立ち上がる。水に浸かりっぱなしで体に力が入らなくなってきた。
いい加減上がろうとふらつく足で踏ん張りながら風呂のドアを開ければ流れ込んでくる温い空気。
乾いたタオルで髪を拭きながらぼんやり頭に思い浮かべてたのはあいつで、どうやら今はどうやってもそのことくらいしか考えられないらしいと自分で自分に苦笑いした。
言い表せない何か。
(理由…か)
END.
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