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「あー…しぬ……」


「……」


『何で二人してのぼせてんのよ…。』




お風呂から上がってきたと思ったら倒れこむようにして両脇に転がった大物二名。
言うまでもなく片方はエースさん、もう片方はローさんである。

とりあえず借りたうちわで二人をぱたぱた。
二人とも上半身は何も着ていないから視線のやり場に困ることこの上ない。エースさんは常に着ていないけど、生で見るのはどうもまだ慣れない。漫画とは違う。
ローさんに至っては普段普通に服を着ているのでそれ以上に慣れない。体全体に刻まれた刺青は私としては違う意味で見慣れないもので、ついちらちらと目がいってしまう。




「のぼせてるっていうか…力が上手く入らねェ…。」


『……ああ、湯船に浸かりすぎたのね』




エースさんの言葉になんだそういうことかと納得する。
暑いことに変わりはないのだが、どちらかというと力が入らないようで。
漫画では海に嫌われた能力者は一生泳げない体になるという設定だった、水に浸かれば力が抜け全身が浸かれば体を動かすこともできなくなるらしい。

本当にそうなるんだなと二人を前に初めて実感する。実感していい事実なのかは分からないけども。
お風呂といえど同じ現象が起きるのかと、ここにきてまた要らない知識がひとつ増えた。




「あー…咲来の手気持ちいい…」




おでこに置いた私の手にエースさんが目を瞑る。この人は何回天使だと思わせれば気が済むのだろうか。
無防備すぎる彼に一人笑っていると、不意に反対側の手を掴まれた。




『……、ローさん?』




視線をやればローさんの姿。
「どうかしましたか」と言っても何も反応がない。
しばらく見ていたが時間が経てど用件は言わないようで。何がしたかったのだろうか。
貼っていたガーゼもちゃんと貼り直したし、怒られるようなことはしていないはずなのだけど。




「咲来ちゃん、船長もきっと同じことしてほしいんだろうぜ」


『!』




耳打ちしてきたのはこの二人と一緒にお風呂に入っていたシャチ、隣にはペンギン。
「喉渇いてないか?」と持ってきてくれたのはオレンジジュース、ありがとうと言うとそれを傍に置いてくれた。
生憎今は両手がふさがっていて飲めない。


こそっと言ってきたシャチは同じようにこそっとこの場を去って行った。
シャチの言葉に驚きつつもローさんを見ればそれはそれはとても不機嫌そうで。
こんな人撫でて大丈夫なのかと思いつつ、言われたのだし仕方ないとゆっくり手を伸ばす。怒られたらシャチのせいだ。

しかし、拒まれるだろうと近付けたそれは案外あっさり届いてしまって。




「……ん」




入れ替わりで目を閉じたその人は、お世辞抜きで綺麗だった。

整った顔はもちろんのこと、細身に見える体は想像以上に鍛えられている。
数の多い刺青もこの人なら素直に似合うし、身長も190超えのモデル体型。何頭身なんだろうと考えるくらい脚は長い。
なんて完璧。ずる過ぎる。




『…!?』




ぐるぐる思考していれば突然ローさんに手を掴まれて彼の頬へと導かれる。
その行動に私は確かに一瞬どきりとして。何をされるかと思いきや。




「……見惚れたか?」


『…っ、!……ばか』




自信有り気に放たれる言葉の意味を理解して、くつりと笑うその人から目を逸らす。
見惚れるなんて当たり前だ、よっぽどそういうことに興味がない人以外は一度は目を奪われると思う。

「言っておきますけどね」と喉まで出かかった言葉はそこで飲み込んだ。
貴方には会う前から惚れてましたけど、なんて絶対言ってやらない。




「…クク、遠慮せずに言っておけばいいものを……。」


『やです、やっぱり言いません』




顔を隠すように向きを変えれば、たまたま視界に入ったのはジュースの注がれたグラス。
そういえばさっきペンギンからもらったんだっけとエースさんから手を離してそれを持ち上げる。
もう片方はローさんに掴まれっぱなしなので動けない、心臓に悪いから早く離してほしいのだけど。
ごくりと喉を通ったその液体はわずかに酸味があってとてもおいしかった。

「よし復活!」と隣で起き上がるエースさん、それを見て同じく身体を起こすローさん。
イケメンに挟まれた、これが両手に花なのだろうかと考えていると油断した隙にグラスをローさんに奪われた。なぜだろう、今回はやけに彼に絡まれる。




『あ、……!』


「なんだ…ただのジュースか」


『っ、当たり前じゃないですか…!』




お酒か何かとでも思ったのだろうか、でもペンギンが持ってきてくれたのだからそれはない。この船に乗った時にお酒はいらないと断っているのを彼は見ていたはずだから。

なんの悪びれもなくグラスに口をつけるローさんに顔が再び熱くなるのが分かる。
くそ、この人、分かっててやってると確信したのはこの時で。




「……間接キスくらいで何赤くなってる?」


『っ返してくださいよもう…!』




にやにやするこの人はタチが悪い。
すぐさま手を伸ばしてグラスを取り戻しにかかる。人で遊ぶのがそんなに楽しいか。

しかし簡単にはいかず、空いてる手で制止されて目の前で淵を舐められたのをバッチリ目撃してしまった。




『……っ!』




赤い舌が行ったり来たり。リップ跡をなぞるそれは偶然じゃない、わざとだ。
思わず視線を逸らせば、「ほら」と満足したのかグラスを返された。中身はまだ残っている。




『……、もう』


「ほう?」




こうなればもうヤケだと無心で残りを飲み干す。味は変わらないのに何かが違った気がした。
私の行動が意外だったのかローさんは目を細めて笑う。どんな顔をしても綺麗だ、これだから美形はずるい。

「なんなら直接してやろうか」と迫ってくる彼はもしや酔ってるのではないかとも考え始めて。
逃げ場を探していればこれまで黙っていたエースさんが一言「やめろ」と、ここでようやくストップをかけた。助かったとその腕になだれ込む。




『…? エースさん?』


「……いや。
咲来、今日はもう寝よう。疲れただろ?」


『うん』


「クク……まァ、楽しみにしてるぜ?」




――返事。
明日まで持ち越されたそれを、口角を上げたローさんは待っているようだった。




『じゃあおやすみなさい。
ペンギン、ジュースありがとう』


「ああ。おやすみ咲来」


「おい火拳、いくら部屋一緒だからって勝手に咲来ちゃんに手ェ出すんじゃねェぞ!!」


「ンなもん分かってる!!」




後ろでまたシャチとエースさんが喧嘩を始めた。この二人は仲良くできないのだろうか、それとも喧嘩するほど仲がいいのか。

とにもかくにも今日はいろいろなことがありすぎて疲れたのは事実。
エースさんを連れて、用意してくれた部屋へと足を進めた。







長い一日は終わりを告げる。
(…確かに、疲れた)






END.











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