14
『起きてエースさん…!』
すぐ近くで声が聞こえる。聞き覚えのある、柔らかい声。
やけに揺れる体を不思議に思いながらも重い瞼は持ち上がらない。
何だろう。船の揺れとは違う、誰かに揺す振られているような。
数秒後、もうひとつの声が耳の奥に響いた。
「てめェ火拳!!咲来ちゃんに抱きついてんじゃねー!!」
『シャチ、そこは怒らなくてもいいのよ!わたし迷惑してないから!』
「…、ん?」
聞こえる怒鳴り声はどこかで聞いた。ああ、確かシャチとかいう奴。
そういえばおれは今トラ男の船に。そこまで寝惚けた頭で考えたところで覚醒した。
「……うおお!?咲来!!?ご、ごめん!?」
無意識のうちに腕を回していたのは上半身だけ体を起こした咲来の腰。
どうやらシャチはおれ達を起こしに来たらしく。更に言えば先に起きた咲来におれが抱きついていたせいで、彼女はこれ以上身動きができなかったらしい。
優しい彼女は叩き起こすなんて真似はせず、ただひたすら肩を揺らしただけ。怒鳴るシャチも頑張って宥めていたようだ。
状況を飲み込み慌てて手を離せば「いいのよ」と咲来は笑う。
『ふふ、エースさん髪が乱れてる』
「え、…あ、ありがとう……」
慌てて起き上がったおれの髪は無造作にハネていたようで。
柔らかく笑った咲来が少し背伸びをして指を通す。ゆるゆる動くその細い指に、目の前で行われるそのあまりにも可愛らしい行為に、寝起きなのも相まってついぼうっとしてしまった。
なんだこれ、付き合ってる彼女みてェじゃねえかなんて。
そんなことをぼんやり考えていたら、存在を半分忘れていたシャチが怒鳴り散らした。
「てめェ火拳!!許さねェ!!おれらの癒しを!!」
「だからお前は何でいちいちおれに突っかかるんだ!!」
「うるせー!!あんだけ言ったのに朝起こしに来たら咲来ちゃんと寝てるし!今はこんなだし!ちくしょう!!」
「だから変な勘違いすんな!!おれは何もしてねェ!!
一緒に寝てたのも単に咲来が気ィ遣ってくれただけだ!!」
『…わたし、癒しになれてる?』
「もちろんだ咲来ちゃん!!」
ギャーギャー言い合いするおれらの間に割り込むように咲来が天然発言をする。ああ、確かに癒しだ。
ほんわかしてたのもつかの間、「シャチも髪の毛ハネてるわよ」と同じことをシャチにし出す咲来にさっきまで上昇していた機嫌がダウン。一方でシャチの下降していた機嫌がアップ。
目に見えて嬉しそうにするシャチ、おれから見てるとそれは面白くないもので。
「(ペンギンに自慢してやる…!)
じゃ、朝飯の支度してるから準備ができたら昨日の食堂に来いよー!」
『うん、ありがとう』
そのままの機嫌で部屋を出て行ったそいつは単純な奴。さっきまでおれに向けてたあの顔はどこに行きやがった。
悪態をつく暇もなく去った彼は気付けばとうにドアの向こう側、溜息混じりにベッドを下りる。
『着替えは後でいいかな………エースさん?』
「!」
首を傾げる咲来の対象は、おれ。
彼女の視線にはっとして「何でもねェ」と立ち上がる。
なんだおれも単純な奴じゃないかと、心の隅で自分を嘲笑った。
咲来の言っていた通り着替えは後でいいだろう、とりあえず顔くらいは洗ってから行くか。
『ねえエースさん。ちょっと屈んで』
「ん、何だ?」
洗面所に向かおうとすれば呼びとめられて振り返る、ちょいちょいと手招きされたので言われた通りに屈んだ。
「……、!」
――ぎゅ。
首に腕を回されて、咲来に引き寄せられる。
まだ微かにふわりとシャンプーの香りがした。
数秒してから離れた彼女は満足そうな顔で「呼びとめてごめんね」とおれを離す。
思考回路が停止したとはこういうことを言うのだろうかと、そう考えることができたのは数分後だった。
軽く笑った彼女は、ただおれを抱き締めたかっただけのようで。
「……、…っ」
――可愛すぎンだろ。よく一緒に寝れたものだ。
熱くなった顔を冷やすように水をぶっかける。
もしかしたら咲来はおれが嫉妬してたのに気付いてたのかななんて思ったのは、顔を洗い終えた頃だった。
まだ慣れない。
(…ったく、こいつはほんとに)
END.
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