15







『おはようございます』




着替え以外を済ましてエースさんと食堂に行く。
寝て起きたら元の世界に戻ってるかもなんて心配したがそんなことはなかった。

目を覚ましたら隣で寝ていたエースさんにちょっと嬉しくなって、朝一で一方的にハグをかましてきた。とても癒された、満足だ。


食堂に入るなり駆け寄ってきたのはシャチ。
なぜかって、大体予想がつく。




「ついには仲良く咲来ちゃんと手を繋いで朝の挨拶か?…お前は何だ火拳?あん?」


「そういうお前こそ何だ!」


「おいお前ら!これが許されると思うか!さっき言った通りこいつ咲来ちゃんと寝てやがったんだ!」


「「許されねェ!!」」




声を揃える船員達からして、よっぽどこの海賊団は仲が良いんだろうなあとブーイングを右から左に流しつつ考える。ところで何故シャチは私たちが一緒に寝たことを言いふらしてるのか。


しかしどうしたものだろう。

薄々感じていたのだが、自惚れを差し引いてもなぜか無駄に人気者のようだ。
そもそも自惚れなどしてないのだけど、ここまで明らかに態度に示されるとそう考えざるを得ない。
何かした記憶はない、むしろお世話になってばかり。女というだけでこうも待遇が良いものなのか、他の子でも同じなんだろうなと思うと複雑である。


好かれることは嬉しいのだけど、エースさんにマイナスの影響が大きいことだけはつらい。ブーイングが彼に向けてのものだということくらい見ていれば分かる。




『シャチってば…そんなにエースさんが嫌い?』


「咲来ちゃんに贔屓される火拳が嫌いだ!」


『じゃあわたしが同じことすればいい?』


「「え」」




首を傾げながら言えばシャチを含む船員さんが固まる。
どういうわけかついでにエースさんも固まったものの、今は気にすることができない。




『手はわたしが勝手に繋いでるの。エースさんを怒るのはお門違いよ。怒るならわたしにして』


「……いや…それは………」


「え、咲来、これはおれが」


『わたしでいいならある程度のことはする。手くらいいくらでも繋いであげる』




言いながらエースさんから手を離して代わりにシャチの手を握れば、彼は固まったまま動かなくなってしまって。てっきり手を繋ぎたかったんだとばかり思っていた私は首を捻る。

しかしながら見上げたシャチの顔は見るからに赤くなっていて、なんだ照れてるだけかと安心した。




「…あ、あの……咲来ちゃん…?」


「…っ咲来、こっち来い!」


『! わっ』




もごもごするシャチにきょとんとしていれば、突然肩に回された腕。
見慣れた名前の刺青に振り返ればそれは予想通りエースさん。




「咲来、そんなことする必要ねェから!」


『…でもわたし、皆さんにはお世話に』




必死そうな彼に半ば無理やり手を離され、さらに両肩を掴まれて言葉に詰まる。
しかし私の中で意見は固まっていた。


やれることはやりたい。出来ることは全てしたい。それくらいしか出来ないのだから。
手を繋ぐくらいどうってことない、許容範囲を超えたら断る予定でもあった。
癒しと言ってくれるのなら可能な限りお願いは聞いてあげたい。


でもエースさんにはご不満だったようで。
お返しをしたいのだと、そう伝えても彼はむっとしたままだった。




『エースさん、……』


「……、…わりぃ」


『…ううん。心配してくれたならありがとう。
ごはん、せっかくだから頂こう?』




ここまで来てようやく気付く。周りの視線、独り占めならぬ二人占めしてた。
食堂のど真ん中で繰り広げているものだから無理もない。エースさんは気にしていないのか、至って普通に「そうすっか」とだけ答えて離れる。

私の頭を一撫でしたエースさんを見るなり、我に返ったのか固まっていたシャチが金縛りから解けたかのように慌てて動き出した。




「……ヘタレか、お前は」


「し、仕方ねーだろ!咲来ちゃんの手めっちゃ柔らかかったんだから…!!」




呆れた様子のペンギンに突っ込まれるシャチ、なんとなく変な発言をされた気がするけど今回はスルーしてあげよう。


気を取り直して朝食を貰いにコックさんのもとへ。
先着順であるのか、すでに食べ始めている船員さんもちらほら。
食べ損ねるのが嫌らしいエースさんが「早く行こうぜ」と腕を引っ張るものだからつい笑ってしまった。
本当、可愛い人。



朝食の載ったプレートを受け取ってからふと違和感を感じて見渡した、そういえば船員さんがほぼ揃っているように見えたこの場所にローさんがいない。

ただ席を外しているのかと思ったら彼は朝食時は来ないらしく。
「あの人は異常に寝起きが悪いから」とペンギンが説明してくれた。




『でも朝食べないと体に悪い…』


「分かってるさ…でもいくら呼んでも起きないし、かと言って下手に起こすともれなくバラバラの刑がついてくる」


『……お疲れ様です』




遠い目をしだしたペンギン。
過去に試したことがあるのだろう、なんとか彼に朝食を食べさせようと。

船長のくせして部下の優しさになんてことをしているのだろうかと、漫画通り自分勝手なその人に溜息をつきながらくるりと方向転換した。




『じゃ、わたしが行ってみる』


「え…。
咲来、悪いことは言わない…やめておいた方が…」


『バラバラになったらくっつけてねペンギン!』


「あ、おい!」




おにぎりとコーヒーを追加注文してお皿に載せてから食堂を後にする。

止めるペンギンを横目に、昨日手当てを受けた船長室へと向かった。





――




「あいつのことなんてほっとけばいいだろ」


『ほっとけないわよ』




記憶を辿りながら進める足、向かうは船長室。

それにさも当然のようについてきたのはエースさん、思えばこの人は昨日からずっと隣をキープしている。私にとっては嬉しいことこの上ないけども。

ローさん起こすだけだし、ご飯先に食べてても良かったのに。そう言ったら「トラ男は危険すぎる」と大体思っていた通りの返事が返ってきた。


船内は広いとは言うものの、あくまでも海賊船であるので広大というわけではない。
数分もあれば目的地に辿り着いた。




『エースさんはここで待ってて?』


「着いてかなくて大丈夫か?」


『うん、…もし何かあったら呼ぶから』




ローさんとエースさんは私から見てるとそんなに仲良しには見えない。本来敵同士なのだし、当然と言えば当然だけど。
何か揉め事でも起こりそうな気がしてドアの前にエースさんを留まらせる。




『失礼しまーす…』




ガチャリ。
ドアノブを回してゆっくり扉を開ける。

今の時刻は午前9時半を回ったところ、
すでに日は高く昇り、窓から差し込んだ日が部屋を明るく照らす。が、部屋には掛け布団が膨らんだベッドがひとつ。




『ローさん?』




そろりそろり、部屋に入る。
起きてますかとベッドに近付いて行くが布団の膨らみは反応を示さない。


隣まで来て覗きこめば、目を瞑ったローさんがそこにいた。
静かに呼吸を繰り返す彼は明るい部屋にも拘らず未だ夢の中のようで。


二日目にして拝めた美形の寝顔にしばし見とれつつ、起こさねばと肩を揺らした。
実を言えばちょっとこの人を見たくて部屋に来たなんて、待機するエースさんや他の船員さんには絶対内緒。

起こしに来たという半分本当で半分言い訳のような適当な理由は、私だけ知っていればいい。




『ローさーん、起きてください、朝です』


「…ん……」




エースさんに続いてまさかこの人に会えるだなんて微塵にも思っていなかったけど。


私の揺さぶりに吐息を漏らした彼は一瞬眉間に皺を寄せたが目は開けない。

寝起きが悪いというか、そもそも起きもしないのか。毎回二度寝するとかではないのか。
もしかして油断していたら数秒後にすっぱり斬られているとか。


そんなことを思っていたら、横になったままの彼がゆっくりと瞼を上げた。




「……、…」


『おはようございま……ってまた寝るんですか!?』




確かに片目を開けた、しかも私を視界に入れた。はずなのに数秒でまた目を閉じた。
ちょっと待ってくださいよと声をかける。
あなた今、起きてたじゃないですか。




「……ん」


『!』




もぞもぞする彼に今度こそ起きたかと期待をしたが、彼は寝がえりを打っただけだった。おい、と心の中で突っ込みを入れる。

しかしながらその方向はベッドに腰掛けた私のいる方向で、あまり広くはないそのスペースのせいか彼の腕が私の両足を超えて腰に回される。何か覚えがあるなと思ったら、エースさんにやられたのと全く同じ。シンクロでもしたのだろうか。
ずしりと太ももに乗っかる腕は重いけどエースさんよりは軽い。というより彼の筋肉が凄すぎるだけか。


瞬間、小さく呟くように「まだ眠ィ」と発せられた言葉に、半分くらいは起きていることを知らされる。




『ローさん、…わたし、朝御飯持ってきましたから』




一緒に食べましょうよと言ってみるが今度は無反応。また寝たのだろうか。

溜め息をつきながら彼の頭を撫でる。いつも帽子で隠れている髪の毛は思ったよりふわっとしていて、指をするりと通り抜けた。
癖が強いのか多少撫でつけただけでは戻らないハネに、帽子をかぶってるのがこれを隠すためだったら面白いななんて。
無防備な寝顔に胸の奥がきゅんとする。


が、それが間違いだった。




『……ローさん?』




前言撤回、きゅんとなんてしてたまるものですか。
背中側に回っていた腕に違和感を感じたのはこの時だった。


明らかに動きが怪しい。私の腰辺りから徐々に下がっていくそれは重力に従うとかそういうものじゃない。
その手の行き先、もしかしなくても。




『ちょっと、貴方手の動きおかしくありません?』


「…気のせいだ」


『んなわけありますか!起きてるなら最初から言ってください!』




起きてやがる、いつの間に。

咄嗟に腰にあった手を掴んでどける。朝から何を考えているんだ、いつかセクハラでエースさんに通報してやる。
そして下から「チッ」って聞こえたのは気のせいではない。舌打ちしたぞこの人。


手をどかされてからも彼はもぞもぞしては止まり、起きてはいるのだろうけど起き上がる気はないらしい。
最終的に両腕を腰に回されてうつぶせの状態でまた寝ようとされる始末、セクハラはともかく寝起きが悪いのは確かなようだ。




『ローさん、起きてくださいってば!朝御飯は食べないと体に悪いです!』


「……世話焼きか」


『船員さんも心配してるんです、ちょっとでもいいですから食べてください!
貴方医者でしょう、体調には気をつけないと』


「…それくらいじゃ何ともねェ……」




はっきり言わないものの遠回しに嫌だとしか言わない。
朝食を食べるのがそんなに嫌か。そう聞いてみれば面倒くさいと言い切られて終わる。




「…しかし……おれの眠りを邪魔するとは、いい度胸だ」


『――!?』




いくらかはっきり聞こえたセリフ。
刹那、何が起こったのか分からなかった。


体にかかる重みが一気に増したと思ったら、背中に感じたのはベッドの柔らかさで。
視界に入ったのはなぜか天井。肩にはずしりとした重圧。
それがさっきまで腰に回ってた腕で、彼の体重でベッドに倒されたのだと気付いたのは少し時間をおいてから。
目の前にはばっちり目を開けている彼。


状況を理解した時には危険だと判断していて、同時に口を開いていた。




『っえ、えー

「トラ男!…ってコラお前!!」

…す、さ……』




名前をまだ半分しか出していなかったのにバァンとドアが開いて驚く。
入ってきたその人は怒鳴りながら私をローさんから引っぺがして腕の中に匿った。




「……やっぱりいたか…火拳屋」


「いるに決まってんだろ!そう易々咲来だけお前の部屋に向かわせると思うか!」




エースさんの姿を見るなりだるそうに体を起こすローさん、もしかしてエースさんを連れてきた方が早かったのだろうか。なんとなくショックだ。

ローさんはエースさんが待機しているのは分かっていたようで、さほど驚かないで彼を見ていた。まだ眠そうだ、いつも眠たそうな顔している気がするけども。




「だから危ないって言ったんだ!明日からは行かせねェからな!」


「……、…失敗だったか」


『何がですか?』


「……いや」




ぼうっとするローさんは相変わらず何を考えてるかさっぱり。エースさんは分かりやすいのに。

何はともあれとりあえず起きたし朝御飯、と思い持ってきたおにぎりが乗った皿をローさんの前へ突き出す。




「……食え、と」


『はい!』


「お前、本当に度胸だけはあるな……。」




はあ、と溜息を吐いたローさんは呆れ顔。それくらいで負けてたまりますかとぐいぐい近付ける。
この人確か漫画ではルフィ達とおにぎりを食べていたはずだ、きっと食べられる。

しばらく彼は怪訝そうな顔をしていたが、「わざわざ咲来が持ってきてくれたんだから食え」と追い打ちをかけるエースさんに折れたのか諦めたようにもう一度だけ溜息をついて手を付け始めた。




『……、もしかしてエースさんが持ってきた方が良かったですか?』


「「それはない」」


『……』




一連のことに思ったことを口にすればローさんはもぐもぐしながらエースさんとハモる。この二人、実は仲が良いのではと思ったり。

「火拳屋に持って来られて喜ぶ趣味はねェ」とローさん、「何でこいつなんかに」とエースさん。二人してそんなに怒らなくても。


コーヒーを差し出せば黙って受け取り飲み始め、いくらか素直になったのだろうかとなんとなく勝った気がして心の中でガッツポーズをしておいた。




「よし咲来、食堂戻るぞ」


「…? お前ら、飯食ってねえのか」


「お前のせいでな!!」




行くぞと立ち上がるエースさんに手を引っ張られて一緒になって立ち上がる。
力の差など歴然としていて逆らえないことくらいわかっていたし、「ちゃんと食べてくださいよ」とだけ言い残して部屋を後にした。




『エースさん、何でそんなに不機嫌なの?』


「……、別に不機嫌じゃねェよ」


『あ、ご飯食べてないから?』


「そうじゃねェ」




ずんずん廊下を進むエースさんはやっぱり分かりやすくて、見るからに不機嫌そうだった。
理由を尋ねても何でもないとかそうじゃないとかばかりで答えてくれる気はないらしい。
それならば仕方ないと模索を諦める。


ごはん食べたら直るだろうかと、歩きながら私はこの大好きな人の機嫌を直す方法を探した。







対称的な好きな人。
(ローさん、ちゃんと食べてるかしら)






END.







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