19





「行き帰りは大体3時間。着いたらすぐ昼飯食って、買い物して、すぐ島を出ねえと日が暮れるまでに帰れねェ」




相も変わらず猛スピードで突っ走るストライカーは一回やそこら乗ったところで慣れはしない。昨日より速い気がするのは気のせいだろうか、それこそ遠慮なしにエースさんに掴まっていないときっと意識ごと吹き飛ぶ。
一方で淡々と話す彼の話を聞かないわけにもいかず、どうにか聞き取った文章を頭の中で再構成して整理する。

つまりだ、今日の買い出しもとい私にとっての好きな人との初デートというものはゆっくりしている暇がない。高望みはしないと言ったものの、その事実は少しばかり残念なものであった。




「頼まれたのは酒だな。咲来の欲しいものは現地で見ながら適当に買おう」


『う、うん、ありが、とう……!』


「……大丈夫か?」




――全然大丈夫じゃないです。
心の中で返事をしておいた。言ったところでどうにかなるものではない。


昨日より速いのは気のせいじゃなかった。一応聞いてみたら、「今日は真面目に時間ねェから飛ばしてる」らしい。
初日は時間の制約は特になかった、しかし今回はローさんによって日暮れまでには戻らなければならないという制約がある。
エースさんには気を遣わせてばかりで申し訳ない、帰ったら何か出来ることはしようと決めてその胸に顔を埋めた。




――




「さて、到着だ」




適当な場所を見つけてストライカーを止めたエースさんと島に上陸する。
二番目に足を踏み入れた島は最初のとは違ってそこそこ栄えているらしい島で。
一歩街に入ればたくさんの人が忙しなくうろうろしていた。




「まず昼食っちまおう。レストランはそうだな…あそこだ」


『(なぜ分かる……)』




遠くにある指差されたその店は私にはレストランだと判断できない。ルフィと同じでこの人には探知能力でもあるのだろうか。
しかし連れられて向かった店は看板を見る限り確かに飲食店で。

カラン、と鳴ったドアを押しあけて入ればおしゃれな雰囲気漂う店内が顔を見せる。
少し暗めに設定された室内と洋風なキューブ型の照明、お客さんの年齢層もそこそこ高め。こんなとこにこの人と来るのだったら、ちゃんと化粧をして服もそれなりのものにしてから来たかった。




「さ、好きなもの頼め!……ん、どうした?」


『……、ううん』




案内された2人席に向かい合って座る。
何でもない、そう零した私の嘘は簡単に見抜かれていた。

「何かあったら言えよ」と続ける彼に、素直に本心を呟けば彼は目を丸くした後に笑った。




「へへ、ンなこと言ったらおれだって全然気遣ってねェ格好じゃねえか」


『そんなことない、エースさんは何もしなくてもかっこいいよ。誰よりも』




格好なんて関係ない。
目の前に映るエースさんを上から下に一通り眺めて、ずっと好きだった漫画の中の彼と重ね合わせていれば自然と頬が緩んだ。




「……褒めすぎだ、咲来」




気付けばさっきまで笑っていたエースさんは頬を染めて視線を泳がせていて。
褒められることに慣れていないのか、「ほら」とこちらに二つ折りのメニューを差し出す彼は照れ隠しが全くできていなかった。




『ふふ。大好きよエースさん』


「う、……あのな咲来、そろそろ…」


『ん。わたしこのオムライスが食べたい』




頬の赤みが増していくエースさんを見なかったふりをして、メニューにあったオムライスを指差して見せた。
我に返った彼は慌ててメニューを受け取り、自分の食べるものを探し始める。決まった頃に店員を呼んだ。




「…咲来、お前もそのままで十分かわいいからな」


『え』


「お客様、お待たせ致しました」


「おう」




驚くのは今度は私で、言葉に詰まっているところに店員さんが来た。
これとこれ、と注文する彼からしばらく目を離せないでいたら頼み終わったタイミングで目が合って、にっと笑うその人から視線を外す。熱くなった頬に宛がった手のひらはひやりとした。

まるで悪戯っ子のような笑顔に、まったくかわいいのはどっちだと。




「デザートはいいのか?」


『ん、いい』




無駄なお金は使わせまい。デザートは断って、昼食が来るのを静かに待った。




――




「食った食った!」




美味かったと伸びをするエースさんは軽く10皿くらいは食べていたと思う。ルフィもだけどなぜこの世界の一部の人間は極端に食べる量が多いのだろうか。目の前で見ていて体の構造について真剣に考えるくらいにはその食欲が怖い。
そしてこの人が食事にお金を出すところを初めて見た。ある意味レアものである。




「じゃー、服でも買いに行くか!」


『うん』


「……あ、とその前に」




何かを思い出したように言う彼に首を傾げていると、右手に感じる温度。
それは彼の左手で、その大きな手のひらに私の手はすっぽりと収まる。
「はぐれたら困るからな」とエースさんは笑った。




「そういや咲来、今朝は庇ってくれてありがとな」


『?………ああ、』




シャチに対してか。頭に浮かんだのは今朝の出来事。
朝部屋から出て食堂に向かう際に手を繋いだのは私からじゃない、エースさんからだ。
案の定突っかかってきたシャチに私は嘘をついてエースさんを庇った。
シャチが私に甘そうだということを見越してやったこの作戦は見事に成功した。

そんなこと気にしなくていいからと返す私はこの先も同じ手を使う予定である。




「あの店とかどうだ?」




街を歩きながらキョロキョロするエースさん。
あそこ、と示したのは女の子が好みそうな可愛いお店で。
失礼だけどあまりにもそれがエースさんに似つかわしくなくて笑ってしまった。


「金やるから要るだけ服選んでこいよ」と店の前でエースさんが立ち止まる。
女の子向けのその服屋には下着も売っていて、それがちらっと目に入ったようで彼は着いてこないらしかった。
察した私はお金を受け取りそそくさと店に入る。




「いらっしゃい。…あら、可愛い子!」




うふふと笑いながら話しかけてきたのは店員さんらしきお姉さん。
すらっとしたスタイルのいい彼女につい目を奪われる。

「何をお探しなの」と聞かれたので、とりあえず服をと曖昧に答える。




『わたしその、…一人暮らしを始めるので、服が一式ほしくて』


「あら。じゃあ私がいろいろ持ってこようかしら?店の前のは彼氏?」


『え』




くすっと笑ったお姉さんは私に耳打ちする。
彼氏と言う単語に「そんなんじゃないです」と慌てて首を振るがお姉さんはふふっと笑うだけで。


「貴方に似合いそうなのを持ってきてあげる」と店の奥に消えた彼女を目で追うことしかできず、取り残された私はずらりと並んだ服に目を通し始めた。




――




「これなんてどうかしら」




数分後、どっさり服を抱えたお姉さんが現れてなぜか私は着せ替え人形状態。
試着室に入るなりこれはどう、あれはどう、あとこれも、とお姉さんに服を差し出されては着てを繰り返している。
ただ彼女のセンスは抜群のようで、どれもこれも可愛い服ばかりだった。さすが服屋の店員さん。

しかしいくら可愛くて気に入った服があろうとも全部を買うわけにはいかない。まず第一にこれは私のお金ではない。




「予算はどのくらい?」


『えっと、…これ、』


「……あら、ずいぶん持ってるのね」




エースさんから受け取った札束をポケットから出せばお姉さんは少し驚いたようだった。
この世界のお金の単位は知っているが相場が分からない私にはそれがどの程度なのか分からない。しかし彼女の反応で並大抵の金額ではないことが窺える。エースさんは本当にこんなことをして大丈夫なのだろうか。




「あの人相当貴方のこと気に入ってるのね。
ところで貴方、化粧とかには興味ない?」


『…したいんですけど、今道具を持ってなくて……』


「そうなの?そうね…なら、ここでしていくといいわ。気前のいい彼氏さんに免じてサービスしてあげる」


『え、』




そんな、と言ったが耳に入らなかったらしいお姉さんにこっちにいらっしゃいと試着した服のまま引っ張られる。
「どのみち今暇だからちょうどいいの」と彼女はさっさと私を椅子に座らせた。




「気に入った服はあった?」


『あ、はい』


「そう。一式なら後で下着も持ってきましょうか。
この店は女の子に必要なものがそれなりに揃ってるから、化粧品も見て行くといいわ」




てきぱきと道具を準備し始める彼女は商売上手らしいが、右も左も分からない私にとってはそれもありがたい。
大量に買わされそうだなと思いつつもエースさんは使ってもいい金額のお金を渡してくれているわけだから。

20分ほどで「出来たわよ」と鏡を差し出されて映った顔は店に来た時よりだいぶ変わっていて。
化粧で女は変わるとはよく言うが、残念ながら私には大した技術がない。




「髪留めも…この服ならこのピンが似合うわ。
貴方は色白で目が大きいから、化粧は濃くなくても大丈夫そうね」




なんやかんやで出来上がったコーデはリボンのついた白のワンピースに淡いピンクの飾りピン。
シンプルだけど女の子らしい衣装に胸が躍る。穿いていた黒のヒール付きサンダルも白いものに変えた。
値札が付いていること以外は完璧のように思える。


その後も部屋着と下着、化粧品をいくつか手に持ってレジへ。
予め数えておいたお金は5万ベリー。もし向こうの世界と似たような相場であれば確かに大金だった。




「2万8400ベリーになるわ。使った化粧品とピンはサービスで貴方にあげる。私が勝手にしたものだから」


『え、あ、ありがとうございます…』


「こちらこそありがとう。久しぶりに楽しかったわ」




そう言ってふわりと笑うお姉さんは女の私でも惚れてしまいそうなくらい綺麗で。もし私がイケメンだったらまず間違いなくナンパしていたと思う。


外まで持つわよと紙袋を持ったお姉さんにお店の前まで見送られる。衣装チェンジしたため、元々着ていたのは袋の中へ。
待たせちゃったなと急ぎ足で入口へ向かう。




『あの、待たせてごめんなさい』


「お……おう、全然大丈夫だ……、…!」




半分寝ていたのか慌てたように振り向いたエースさんは私を見て固まった。
何か変なとこでもあるだろうか、反射的に髪を梳かすように指を通した。




「うふふ、可愛いでしょう。そこそこお値段したけど私のせいだからこの子には怒らないであげてちょうだい。
そもそもあの額を渡した自分を恨みなさい、さ、荷物は貴方が持って」


「え、あ、おう」




微笑みながら荷物を渡すお姉さん。大変だ、エースさんがこのお姉さんに惚れたらどうしよう。
そんなことを思って内心焦るがエースさんは興味を示さず、荷物を受け取るだけ受け取って店を後にした。




『…あの……ごめんなさい、小物買ったら結構お金が…』


「え!?お、おう気にするな、全部使っても構わなかったから!
にしても、本格的におれも格好考えなきゃならなくなったな……。」




ぼそりと呟くエースさんはまだ格好のことを考えているらしい。
だからそのままでかっこいいから、と言うがそうかなァと零すばかりで。この人は自分のかっこよさを自覚していない。




「時間もねえし、酒買って帰るか」


『うん』




空を見上げればまだ日は高かったが、昼過ぎに着いてこの買い物をしたのだからそれなりに時間がまずいことは確か。
要るものだけ買ったら帰ろうと言ったエースさんの手をぎゅっと握った。






初デートもそろそろ終わり。
(時間経つの、早いなあ)





END.








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