20
「やべ、日が暮れちまう!」
『速い速い速いぃいいい!!』
あれから一時間ほど後だろうか。更に必要なものを買い足し、頼まれたお酒を数本買ってから船に乗り込んだのは。
島を出た頃はまだ日は高く昇っていた、しかしそのせいで油断した。大丈夫だろうと思い込んでいた私とエースさんは考えが甘かったようで、まだ当分目的地に着かない地点で日が傾きだした。私の買い物が長かったせいだと後悔したところでもう遅い。時間は巻き戻ってはくれない。
まずいと判断したのはエースさんも同じで、彼は両手に荷物と胸に私を抱えながらそれはもうここ一番の猛スピードで船へと向かった。これまでで悲鳴を上げていた私は今回は悲鳴すら危うい。
「悪い咲来!でもまじで!やばい!」
『分かってる!!』
焦るエースさんを見るのは初めてかもしれないだなんて悠長なことを考えている場合ではない。日が暮れるまでに帰れ、そう言ったのは居候させて頂いてる船の船長。その人の言うことが絶対なのは立場からすれば当たり前なわけで。守らなければもうあそこにいられなくなるかもしれない。それはエースさんにとっては大した問題ではないはずなのだけど、この人のことだからきっと私のために必死になってくれてる。
全力疾走するストライカーが徐々に目的地との距離を詰めているのは確実。
それから数十分、ようやく船が小さくではあるが目で確認できるところまで近付いた。
「咲来!見えた!急ぐぞ!」
これ以上急げるのかと思いつつ、船の操縦に関わっていない私は頷くだけ。
急ぐぞと言った彼はやっぱり気分的に急ぎたいだけであって、残念ながらそれがストライカーのスピードに影響することはなかった。
ようやく甲板にいる見慣れた人が手を振っているのが分かる頃には日がすっかり落ちていて。
傍にストライカーを停車させ急いでくくりつけたエースさんは、私を高速で抱き上げると甲板に思いっきり跳んだ。
『きゃっ!』
「ギリギリセェーフ!!」
「……アウトだ」
ズザーッ!と着地した甲板、驚く船員さんとその隣でぼそりと呟く船長もといローさん。
勢いのある着地のおかげでぶわりと舞ったスカートの裾を慌てて押さえつけた。
「セーフだろ!日は今暮れた!」
「おれは日暮れまでに帰ってこいと言った。日が暮れた瞬間に帰って来られてもアウトだ」
「細けーことは気にすんな!これでも全力で帰ってきたんだ!!」
荷物を持ちながらも器用に私を横抱きにしたエースさんは早々にローさんと喧嘩を始める。喧嘩をするのはいい、けどまず先に下ろしていただきたい。そう考える私に気付いたのはシャチ。
「火拳、いつまで咲来ちゃん抱いてるつもりだ!……って、あれ?咲来ちゃん服変わった?」
『あ、…うん、』
騒ぐエースさんを気にもせず近付いてきた彼は私の顔を覗きこむなり固まって。
その反応はエースさんのとそっくりで、やっぱりどっか変なのかなと心配になってくる。それともあれだろうか、そんなに似合ってないのか。
『あの、…へん?』
「え!?いやいやいや、咲来ちゃんめっちゃ可愛いぜ!」
『え』
心配をよそに放たれたあまりにもストレートな言葉に顔が一気に熱くなって、思わず頬を手で覆った。
体勢も十分恥ずかしいけど目の前で堂々と可愛いなんて、本当に勘弁してほしい。
「…お前、今咲来に何言ったんだ」
「別に何も?」
不審に思ったらしいエースさんにシャチが絡まれる。なあ咲来ちゃん、と確認をとってくる彼と目が合わせられなかった。
そういえばそんな場合じゃないと「下ろして」とだけ伝えれば数分ぶりに感じた地面。
「それより咲来ちゃん、今日は歓迎会やろうと思うんだ!宴だ!」
『……へ?』
「だからよ、先に風呂済ませてきてくれ!」
もうお湯はためてあるから!と言うシャチに頷かないわけにもいかず首を縦に振る。
一呼吸あったのは、化粧を落とすことになるのが少しばかり残念であったから。
せっかくお姉さんにやってもらったのに。でも仕方ない。
「宴か!楽しそうだな!」
「まー一応、火拳も迎えてやる」
「あァ!?一応って何だ!!」
「一応だろ!!アンタこの船の船員じゃねえし!!」
『ま、まあまあ……』
喧嘩し出した二人を止める。なんだかんだエースさんも馴染み始めてるのかな、という意味ではいいのかもしれないけどなぜこの二人はこうも喧嘩しかしないのか。
とりあえず言われた通りお風呂を済ませてこなければ、今日買った中に下着もパジャマ用の普段着も入ってるし、しばらく生活面には困らなさそう。
荷物を受け取ってから、ここまできてようやく思い出したお使いの品をローさんに渡すべく彼を探す。
『ローさん、お酒』
準備をし始めているらしい船員さんから少し距離をとった場所に座っていた彼を見つける。
お酒はエースさんに適当に選んでもらった。
ビンで5本、度数の低いのをカンで2本。袋のまま渡せば、「ああ」とだけ言ってローさんはそれを受け取った。
「……、変わるモンだな」
『? 何が』
「服と化粧」
変えただろ、そう言って指差したローさんは私の格好について言っていたらしい。
「褒めてるんですか」と聞けば「どう思う」と質問に質問で返されたので思わずムッとする。この人褒める気ない、そんなの分かってたけど。でもちょっとくらい褒めてくれてもいいのに、なんて。
お酒も渡したし、お風呂入ってきますとだけ言ってその場を後にした。
「………、…褒めたつもりだったんだがな」
くつりと笑ったローさんは、すでに私のいなくなった甲板の隅でそう呟いた。
別に褒めてほしいわけじゃないけど。
(けど、どこかで期待してた)
END.
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