21
『ふー、さっぱりした』
あらシャチ、と言いながらすれ違った彼女は風呂上がり。
濡れた髪をタオルで拭きながら一緒に入ったであろうベポと手を繋いでいた。
ベポになりたいと思ったのは言うまでもない、しかし口に出すなんて真似はもちろんせず軽く手だけ振ってキッチンへと向かう。今日仕入れてきたらしいパジャマは後でゆっくり拝ませてもらおう。
「ペンギン」
「ああ、次はこれ頼む」
キッチンに戻るなり渡されたのはトレーとそれに目一杯乗せられた料理の皿。
今日は咲来ちゃん(と、火拳)の歓迎会という名の宴をこの後する予定だ。その準備のためおれは他の船員と共にひたすら料理を持ってこの廊下を行ったり来たりしている。もう何回繰り返したか分からないがそれもようやく次で終わりそうだ。残っている皿はペンギンが持ってきてくれるだろうと踏んで鼻歌を歌いながら甲板へ戻った。
「そろそろ始めるか!」
ドアを開ければ皆は料理の周りに並んでいて。
一人がそう言えば目を瞑っていた船長がそろりと目を開けて立ち上がる。
同タイミングで甲板に戻ってきたペンギンを確認したところで船長はおれを指名した。
「はい船長!
さあ、お前ら喜べ!この船に天使が舞い降りたことを祝いまして!」
『ちょっとシャチってば』
「そう照れるな咲来ちゃん!…で、ついでに火拳もいるが」
「ついでってお前…」
「気にすんな火拳!今更立場は変わらねーぞ!
さーお前らも一緒に!せぇーの!」
「「――ようこそハートの海賊団へ!!」」
咲来ちゃんの隣を陣取る火拳の反対を陣取ったおれは宴の挨拶係。
今だけはいいだろうと彼女の肩を抱き寄せれば咲来ちゃんは照れたように頬を染めて。
でもそれも一瞬で、直後に放たれた歓迎の言葉に彼女は感激したようで目を軽く見開いて固まっていた。
「改めて…船長を務めてるトラファルガー・ローだ。
立場上居候ってことにはなるだろうが……おれからもよろしく頼む、咲来」
『…!』
目の前に現れたのは我らが船長。
見上げた咲来ちゃんは驚いた顔で「名前」、とだけ言うとすぐに顔を伏せた。
どうしたのかと思えば必死に涙をこらえていた彼女に船長の言葉はとどめだったらしい、そういえばこの人は仲間以外を名前で呼ばないと、昔から気付いていた事実を頭で巡らせていれば雫がぼろっと零れて床に落ちたのが見えた。
火拳は咲来ちゃんの背中をさすって、船長は自身の帽子を彼女にかぶせて隠す。隣にいたにもかかわらず見ていることしかできなかった自分に思わず苦笑い。二人にはさすが、としか言えない。
せっかくの宴だからと半ば無理やり泣きやんだ彼女の目は赤かったが笑顔で、ああこれは火拳も惚れるわと隣でしみじみ思った。
「さあ咲来ちゃん、食え!いっぱい食え!」
『うん、……ありがとう』
まだ目が潤んでいる彼女に料理の盛った皿を適当に押し付ける。
火拳はあんなに食ってるから遠慮なんかするなよと言えば頷いて笑ってくれた。
しかしながら近くにいたペンギンに「咲来はそんなに食べられないだろ」と注意される。残ったらおれが食うと返しておけば呆れ顔をされた。
「煩くて悪いな、咲来」
『大丈夫。ありがとうペンギン』
「あー、そういやデザートとかねえなァ…」
船長も好き好んで食べないし、男ばかりの船に甘ものなど存在するわけもなく今になって気がついた。咲来ちゃんは女の子だし、肉にがっつくようなタイプではないし、ココアも飲んでたし甘いもの好きかも。そう思って聞いてみれば「好きだけど気は遣わないで」と返された。今度おれがこっそり何か買ってこようか。
『…シャチ……』
「ん?」
『わたし、ほんとにここにいていいのかな…』
「…!」
あちこちで騒ぎが大きくなっていく中、ふと隣で呟かれた言葉に驚く。
ぎゅっとコップを握り直した手は小さくて、少し震えているようにも見えた。
『わたし、まだみんなに受け入れてもらうには至ってないのに…こんな、宴までしてくれて』
「………」
『エースさんだって、あんなに優しくしてくれて…。ローさんもきっと、見ず知らずの他人船に乗せるなんてしないはずなのに…。
もちろん嬉しいの、嬉しいけど……わたしは本当はここにいちゃいけないの、分かってるから』
“複雑”。
泣きそうな顔で笑いながら、彼女はそう続けた。どくり、心臓が波打ったのが自分でも分かる。
無言で肩を抱き寄せれば不思議そうな顔で見上げられる。
何故こんなにも、他人を翻弄するのが上手いのか。
「そりゃー、おれだって異世界なんてまだ信じられてねーけどさ…。咲来ちゃんがそう言うんだから信じるしかねーだろ。
火拳に出会ったのもここに来たのも何かの縁だと思うぜ、咲来ちゃん」
『……、』
「船長も火拳もおれらも、ほんとに迷惑がってたらこんなことしねえって。
もっと気ィ楽にしてくれよ?な?」
『……うん』
――ありがとう、シャチ。
そう言って笑った彼女は綺麗過ぎて。
大好きよと、ふわりと微笑まれてもう一度どくりと波打つ心臓を彼女を撫でて誤魔化せばペンギンに「何かっこつけてんだ」と言われた。
異世界なんて、正直なところ完全に信じられてはいない。いないけど、もしそれが本当で行く宛もないのであれば不安なのは当然で。
少しでも楽になればと、もう一度くしゃりと撫でてやれば咲来ちゃんは嬉しそうに笑った。
馬鹿騒ぎは真っ暗な海の上で2時間は続いて、気付いた頃には何人かが酒で潰れていた。
――
「そういや咲来ちゃん、酒は?」
度数の高い酒で飲み比べして倒れて行く仲間を横目に、食事を終えたらしい咲来ちゃんに聞いてみる。
彼女の世界で年齢制限があるのは聞いていた、飲んだことがないことは知っている。
それを踏まえたうえで「少しでいいから飲んでみれば」と勧めてみた。
「度数低いやつ、って船長言ってたろ。あれ多分咲来ちゃんに飲んでもらいたかったんだと思うぜ、船長飲みそうにもないし」
『え、そうだったの……?』
初めて知るであろう事実に彼女は顔を引き攣らせた。
船長がわざわざ度数低いのを飲むなんて今まで見たことがない。むしろあの人は酒には強いから、高いものでもビン一本くらいはいける。
つまりあれは彼女のためにあの人が買わせたものだ、恐らく彼女と火拳以外は全員気付いている。
船長がそんなことをするなんて珍しいとかいう域を超えているが、本人に自覚がなさそうなのがまた面白い。
「これくらいならジュースと変わらねえよ。試しに飲んでみ?」
そう言って缶を開けて差し出せば、彼女は少し困った顔をした後にそれに口を付けた。
ごくり、動いた喉がやけに色っぽい。
『…ん、大丈夫かも』
「だろ」
少しだけ苦い顔をしていたが大したことはなかったみたいで、残りの中身を少しずつ喉に通していく。
もっと飲めよというおれもかなり飲んでいて思考回路がグラグラ、それがいけなかったと気付いたのはもう手遅れの頃だった。
ベタな割に
(案外、予想できない)
END.
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