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『……ん…、エースさん…』


「なんだ?」




あの場から抜け出して数分。
部屋に辿り着くなりドアを乱暴に足で開け、腕に抱えていた軽すぎる体をベッドに降ろす。
その隣に腰掛ければ咲来はゆっくりとおれの名前を呼んだ。


何の抵抗も見せない。おれだけではない、他の奴らにも全員。
あんなに言ったのに、こいつはこんなにも無防備で。呆れるには呆れるが、同時に世話焼きの自分にも呆れた。




『……』


「…どうした?」




起き上がる様子こそないが寝てはいないらしい。
小さな手でしがみついて、まるで行かないでとも言いたそうな彼女に苦笑いしながら、飽きもせずにまたその頭を撫でた。

自分が特定の人物に世話焼きなのはなんとなくわかっていた。ルフィのときだって、なんだかんだで世話を焼いていた。
その“特定”の中に、あまりにも短い期間で咲来は入り込んでいる。




『好き……』


「!」


『好きなの…』


「…誰が?」




──エースさんが。
簡単に欲しい単語を並べるその口が、態度が、仕草が、きっとすべての原因。


一番心配な点を彼女はすでにクリアしてしまった。
一番厄介に思っていたことを、容易くはねのけてしまった。


“その重みが、わたしにはわからないよ”




「……」




同じ世界に生きているとはとても思えない。


――“ゴールドロジャーに子供がいたら?”

何度も何度も反響してきたセリフを、いつまでも離れない人間達の表情を。
掻き消すかのように、彼女は柔らかく笑って、紡ぐ。




『ずっと…昔から……』


「……」


『好き、だったの………』


「…咲来」


『好き…』




すき、好き。
面と向かって、ましてや女の子から。
言われたことのないそれにどう返事をすればいいのかなんてわからない。
しかもまだ、出会ったばかりで。




「あんまり…酔った勢いでそういうこと言うんじゃねえよ……」


『………?』


「……、意識させンなよ…」




本気かどうかなんてわからない。頭では冗談だろうと、酔った勢いだろうと確かに考えているはずなのに。
冗談に見えないのがまた困ったもので、だからこそ、狂わされる。




「おれはお前のこと…何も知らねェし……知らねェけど…」


『………』


「…知らねェのに………」


『……、すー…』


「!」




いつの間にか瞼の重さに負けたらしい彼女は、気付いた時には眠っていた。
それがあまりにも突然で、あまりにも唐突で思わず呆然としてしまう。




「くそ…調子狂う……」




ぐしゃりと自身の髪を掻き乱す。
ひとつしかない枕に彼女を寝かせて布団を被せて、その横に一緒になって寝転がった。

抱きしめてしまうのは簡単だ。
なのに今夜に限ってそれができないのは、何故だろう。
触れたら壊してしまいそうというのはこういうときに使う言葉か。




「(……いや、)」




――違うな。
壊れてしまいそうなのは自分の中の何かだ。
咲来ではなく、自分の中にある、何か。

今触れたらきっと、後戻りできない。




「…おやすみ、咲来」




返事のないその言葉は、夜の闇に紛れて消えた。







もしかしたら
(もう手遅れな、気も、する)










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