24





『……、エースさん?』




ゆらり、重く感じた体を起こす。それはこの世界に来て目が覚めたときと似ている感覚で。
違ったのはあの時は物理的な重さで今日は内面的な重さだということ。何も邪魔しているものはないはずなのにやけに体が重く感じる。

目を開けて最初に入ったのは隣で寝ているエースさんで、ふらっと見た時計の針はもうすぐ六時を指し示すところ。
それが朝なのか夜なのかもわからないところを見ると私も相当寝ぼけている。
しかしながら窓の外の明るさを見て瞬時に朝だと判断して、これはまたずいぶんと早起きしてしまったものだと。そこまで考えたところで頭にずきりと痛みが走った。




『…っ、痛』




頭痛なんて滅多にならないのに。
軽くはないそれに思わず頭を押さえる。

徐々にはっきりしてくる意識、ぼんやりと蘇ったのは昨日の記憶。




『…あれ、……?』




ふと浮かんだ疑問が無意識のうちに声になる。

疑問というのはあれだ、昨晩ベッドに移動した覚えがなかったことだ。
お風呂に入った記憶はある。その後歓迎会をやってもらって、それから。


それから、私はどうしたのだったか。




『……、…やってしまった……』




頭痛とは別の意味で頭を抱える。

そう、思い出せた記憶はシャチに「飲んでみろ」と差し出されたお酒を受け取ったところでぷっつりと切れていたのだ。
となると自然に考えればそのまま酔い潰れたか何かで眠ってしまったということになる。
そして部屋にいるということはきっとエースさんに運んでもらったからであって。どう考えてもまたこの人のお世話になってしまったということだ。少しくらい私から何かしてあげたいと考えていた矢先に。


二日目にして何をやっているんだろう、情けない。シャチのせいと言えばそうなのだが受け取った私も悪いしどちらかといえば多分私の方が悪い。断ることくらいできたはず。酔っている間に何もしていなければいいが。

とにかくみんなが起きたらエースさんと船員さんに謝らなければ。




『……、無防備に寝ちゃって』




事態を把握し落ち着いた私が次に意識を持っていくのは当然隣にいた彼で。
寝ているエースさん以外誰もいない部屋で呟いた言葉に返事が返ってくるわけもなく、大して大きな音でなかったそれは空気に溶けて消えた。
直後に男しかいない船で酔い潰れて眠った自分の方がよっぽど無防備だと気付いて深く溜息をつく。とりあえずシャワーでも浴びようか。昨日お風呂には入っているから着替えはいいだろう、軽く汗を流す程度で。

エースさんを起こさないよう気をつけながら、部屋をそっと抜け出した。




――




『…ふー』




朝早いこともあってか廊下で誰にもすれ違わずにシャワータイムが終わる。
お風呂に入るのはこれで三回目だが一人だったのは初めて。
無断で借りてしまったがまあいいだろう、湯を張ったわけでもないし。

時間を気にすることもなくドライヤーでしっかり髪を乾かしてから部屋に戻ればまだ夢の中にいるエースさん。
彼の隣のスペースに座ればギシリとベッドが鳴った。本来一人用のそれは大した広さではない。




「んん…」




寝息を立てる彼の寝顔が可愛くて思わず口角が上がる。
頭を撫でればぴくりと少しだけ反応して、それがまたきゅんときた。

でも今の私は果たしてのんびりこんなことをしていていいのだろうかと、そう考えてしまうくらいに目が覚めてしまっていて。




『……わたし、何でここに来たんだろうね』




さっきお風呂の中で一人、考えていたこと。
もともとあまり前向きな思考回路はしていないから、一人になればついそういうことを考えてしまう。

眠る彼に問いかけても答えなど返って来ない。




『エースさんのこと好きすぎちゃったかな』




ここに来て三日目。
三日もすればこの夢も覚めるかなだなんて、そんな甘い考えはどうやら通用しなかったみたいだ。
だからそう、今までの全部が現実逃避。


「何故ここに来たのか」。その答えがほしいわけではない。
でも原因が突き止められたなら、見つけることが出来たなら。私は向こうに帰れるのかもしれない、戻ることができるのかもしれない。
一昨日から知っていた。知っていて知らぬふりをしていた。

分かってて何もしようとしないのはきっと私が「帰りたくない」と強く思っているからで。
ここにいたいと思っているからで。まだ夢を見ていたいと思ってしまっているからで。
何か方法があるかもしれないのに、時間がどうにかしてくれるものだと勝手に言い聞かせてしまっているからで。




『……、エースさん』




もう何も、考えたくない。
でもいつかは考えねばならない。
分かっている。

霞んだ視界に映ったのは相変わらず幸せそうに眠る彼で、力なく笑ってからもう一度その人の額に手を置けば確かにじわりと熱を感じた。






夢と呼ぶにはあまりにもリアルすぎる。
(まだ、貴方といたい)



END.







<<prev  next>>
back