28
考えてみれば、あの突然の出会いから今日でもう三日目。
「あと少しで次のとこ着くんだろ?」
「次はどんな島なんだろうな」
その日の夕食は知っている中では一番騒がしかった、周りの奴らによればどうやら次の島が近いらしい。
そういえばおれはいつまでここにいるのだろうと、今更とも言える話題に一人耽ってみる。三日という日数はいつになくあっという間に過ぎていったが、これからもそうで良いかと言われればそうではない。そもそも自分はここに用事などないし、一人旅の名目だって「偵察」。敵の居場所は咲来と出会う前に割れたから急ぎではないものの、ある程度で切り上げて任務をこなして帰らなくては。
咲来は行く宛がないと言っていたし、拾ったからには最後まで面倒を見るつもりで手放す気はない。となれば当初の予定通り連れて帰る、となるのだが果たしてどのタイミングで連れ出すべきか。
「…、咲来?どうした?」
ふと本人に視線をやれば何故かぼうっと食事を眺める咲来。
嫌いなものでもあったのかと思ったがそういうことではなさそうで。
『…あ、……なんでも、ない』
「そうか?」
少し間を空けてからおれに気付いて笑う彼女。ただそれが貼り付けた笑顔みたいだなと、その時なんとなく感じた。
――
考えてはみたものの短時間ではいい案が思い浮かばず。
昨日から溜まっていた「話したいこと」が増えたくらいで。
カコン、と今しがた湯がなくなった桶が床に着いて音を鳴らす。
気だるそうに湯船に浸かるトラ男の隣に戻った。
「お前は……あいつを信じるんだったな、火拳屋」
「ああ。もうほぼ疑ってねェよ」
「異世界って存在するんですかね……頼んだら連れてってくれねーかな?咲来ちゃん」
「本人は帰れなくて困ってんだぞ?」
肩まである湯はちょうどいい温度、この脱力感さえなければ良かったのにと風呂に入るたびに思う。
“異世界”。咲来の言うそこはどんなところなんだろう。彼女は何をもってしてそう表現しているのだろう。
この世界以外知らないおれにはその単語の意味すら曖昧で信じがたいが、一件あったおかげで信頼度はそこそこ高い。
「異世界なんてそりゃ、信じられる話じゃねェけど…そう言うんだから仕方ないだろ。
ついこの前会ったのにおれの癖知ってたとか、そういうことに関してお前は他に上手く理由付けできるのかよ?」
「……、そう言われれば反論はできねェが…そもそもお前がグルだったらどうするんだ」
「ふうん、おれが?…そう見えるか?」
「………見えねェな」
全てが二人で打ち合わせたていたとしたら。しかしそんな仮説はあまり意味を成さない、きっとこいつも分かっている。
「おれは咲来が嘘ついてるようには見えねェよ。
会ってからずっと見張ってるけど、変なことしてそうな素振りもねェ。側にいないのも風呂と便所くらいだし…」
「……なるほどな、あれは見張ってるつもりなのか」
「…あ?何が……」
指を折りながらこの三日間の出来事を思い返していれば、くつり、と。喉を鳴らすみたいな笑い方はこいつ独特だと思う。
「会って間もない男にべたべたくっつかれりゃ、普通あのぐらいの女は嫌がるがな…。
行く宛がないにしても、あいつもよく付き合ってるな」
「え」
トラ男の言葉に遠くに投げていた視線を戻す。
そういうもんかと返せば、そりゃそうだろと彼の代わりにシャチが乗っかった。
「咲来ちゃん18って言ってたしな。青春真っ只中の年頃の女の子だぜ?」
「で、でも……咲来はおれのこと…好きって言ってたから……」
嫌がる素振りなんて見せなかった。むしろ喜んでいるように見えていた、少なくとも自分には。
反論すればトラ男に「女なんてそんなもんだ」とあっさり切り捨てられてむっとする。
「あいつもそこまでガキじゃねェだろ、少なくとも年齢的には。
ある程度要領分かってりゃ……手懐けられてんじゃねェのか、火拳屋」
「……
…そんなことねェと…思うけど……」
「お前みたいなのは恰好の獲物かもな。ちょっと媚びてりゃ世話してくれる…まァ、それでもいいってならおれは何も言わねェが」
――お前はそういうのには向いてなさそうに見えるぜ。
また、そいつは笑った。
「そうだよなァ、そもそも彼氏いるかもしれねーぜ?咲来ちゃんが元いた場所によ」
「か、彼氏!?」
「……お前も人のことは言えないと思うが」
「いいんすよキャプテン、おれは!あしらわれてても!幸せだから!」
なぜかガッツポーズして答えるシャチに、そうかよと呆れた様子のトラ男。
彼氏。
ああそういえば、なんて。確かに確認なんて取っていない。
「(いたところで…おれには関係ねェ、し)」
関係ない、彼女の人間関係なんて。所詮は他人、自分とは無関係。
頭ではそう思っているのに。
「…先、上がる」
「ちょーっと待った!」
「なんだよシャチ」
確かめたいことが増えたし、そろそろ上がらないとまたのぼせると思ったのに、シャチに引き留められて振り返る。
「火拳、おれもお前にひとつ聞こうと思ってな!」
「何だ?後でじゃだめか?おれそろそろ…」
「だめだ、本人居たら困るからな!
…お前、咲来ちゃんのこと本気か?」
「は?何が…」
「咲来ちゃんがどう思ってんのかは知らねーけど…お前は好きなんだろ?」
“咲来ちゃんのこと”。
ストレートに聞かれた割にその質問の意味が一瞬分からず、しかし直後に理解して顔が熱くなる。
――咲来のことを、好きかどうか?
「す、好きと言えばそうかもしれねェけどよ……。
お前が想像してんのはあれだろ、恋愛的な意味でだろ……会ってまだ数日だぜ、おれら…。
そりゃーかわいい妹でもできた気分ではあるけど…」
「なーんだ狙ってねェのか、てっきりそうかと思ってたぜ…。
じゃあおれが狙っちゃおうかなー」
「そ、それはだめだ!」
上機嫌でそう言うシャチに咄嗟に出てきたのは反論。
「なんでだよ」と顔を顰める彼の反応は普通と言えば普通で。狙ってないのならおれが反論する理由はないはずであるから。
しかしどうしても反論しなくてはならない気がした。
「とにかく咲来はやらねェ。わかんねェんだ、まだそういうの…。
こういうこと初めてでよ、状況は弟のときと似てんだけど……好きって言ってくれる奴なんかいなかったから…」
「…ははーん、なるほどなー。確かにお前の性格知ってりゃ落とすのは簡単そうだなー。
咲来ちゃん天然小悪魔っぽいとこあるもんなァ」
「……なんだよそれ」
「まーでもそれはつまりだな、なァペンギン」
「ああそうだな」
「なんだよお前ら!」
にやにやしながら顔を見合わせるシャチとペンギン。なんだかんだこいつら二人は仲が良い。
ふと、一連のやり取りを黙って聞いていたトラ男が口を開いた。
「お前の恋愛事に興味はねェが…万が一子供でも孕ませてみろ、無理矢理にでも船から下ろすからな…火拳屋」
「…子供?孕ませ……、?………なっ、ななな何言ってんだお前!!馬鹿か!!!」
突然投下された爆弾発言に思わずトラ男と距離を取る。
何を言い出すかと思えば、なんてことを言うんだこの男は。
「も、もう上がるからなおれは!」
「逃げんのか火拳〜?」
にやにやするシャチのことなど気にせず、ざばりと湯船から出ればトラ男も立ち上がる。こいつもそろそろ限界なのだろう。
何も言わないこいつの考えることなど分かるはずもないが、ふっと目を伏せたそいつはなんとなく、何かを思い出していたようだった。
まだ信じきれてないそいつ。
(火拳は……やっぱりか)
(それはいいんだが、敵が強すぎるんじゃないか?シャチ)
END.
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