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「うあー…」


『……ねえエースさん、学習しないの?』


「違ェんだ咲来、シャチの奴が……」




風呂上がり、ふらふらする頭と体をなんとか引きずって部屋に戻る。
ベポと話をしていたらしい咲来はおれを見つけるなり笑顔になったがすぐに溜息をついた。
これで風呂でのぼせるのは二回目である。しかし今回おれは悪くない。




「あちいぃ……、…咲来ー」


『あ、ちょっ…!』




前方に咲来を発見したおれが向かうのは当然彼女の元。
だが隣に座るなり力が抜けて、腕を回した咲来に体重を任せる。
反射的に身構えた彼女はしかしながら、おれの行動を受け入れて。




『……エースさん、多分こういうことは部屋でやるべきだと思う』


「「ぎゃあああ!!!」」


「…んあ?」


「……部屋でもやらせるか」


『…ローさん?』




もちろん彼女ではおれの全体重を支えられるはずはなく二人揃って床へダイブ。
さすがに頭はぶつけないように対策をとったが。

少し呆れたように言う彼女と叫び出すギャラリーにぼんやりする頭で今の状況を考えてみれば、そうかこれは押し倒しているようなものかと。
単純に力がうまく入らないおれにそんなつもりはないし彼女もそれを分かっているのか抵抗はしない、でもそのせいでギャラリーのざわつきは収まらない。


そこに同じく若干ふらつきながら来たトラ男が横目に見える。
彼も咲来が目当てだったようで、そのお目当てがおれによって潰されてしまったせいで盛大に顔を歪めていた。




『エースさん、ローさんがすごい怖い顔してるから出来れば起き上がってほしい』


「あー…?……咲来はおれよりトラ男とんの?」


『……そういうつもりじゃ、ないけど』


「馬鹿言うな……おれはお前なんかに用はねェよ」


「明らかにこっち向かって来てただろうが」




どかりと隣に腰を下ろしたトラ男は口ではそう言っているが咲来目当てのはず。
なんとなく見ていて分かる、からかうのが面白いだの言ってたがそうはさせるか。




「もう少しいいだろ、咲来」


『…、どうしたの?』




おれの様子をおかしいと判断したのか咲来は首を傾げた。

――“好きなんだろ?”
シャチのセリフがふと浮かんでは消える。


好きか嫌いかと言われれば好きだろう。こいつの隣をキープしていないと気が済まなくて、今もこうして腕の中に閉じ込めていることで安心しているから。それがほとんど無意識なうちの行動で、それはつまり好きだからそうしてるわけであって。もちろん拾った責任も重なってはいるけど。

ただ唯一、シャチの期待している恋愛的な意味かどうかは分からない。そもそも恋愛というものが何なのか、よく分からないから。




『…んー……エースさん、時間も時間だし部屋行く?』


「……行くか」


「おい火拳、何もすんなよ!?」


「お前しつこいぞシャチ!」




寝転がったまま時間を確認したらしい彼女が提案してきてそれに乗っかる。
この場所でこのままはあれだからと判断されたのだろうか。

話したいこともあるし、ちょうどいいだろう。飽きずに注意を呼び掛けるシャチを一蹴してから、まだ上手く動かない足で立ち上がった。




――




『「………」』




ベッドの上で咲来としばし顔を見合わせる。彼女の表情はなんとも難しい。




『…一応聞いておくけど、ほんとにいいの?』


「逆に聞くが、咲来は嫌じゃねえのか?」


『……全然?』




“頬にキス”。昼間、こいつとした約束。
おれが忘れてるはずもなく、そして彼女も覚えていたようで。話したいことそっちのけでまずこれを要求するあたり、おれは多分もう眠いんだと思う。


最初こそ自分は特別扱いかと思っていた。一番好きだと言われたのが主な理由。
今も思ってないわけではない、けど宴での様子を見ていたらシャチにもペンギンにも他の奴らにも、実は同じなのではないかと。常に自分が傍にいるからチャンスがないだけで。

もやもやする中、頬に一瞬だけ感じた柔らかい温度にその寂しさが紛れて散った。




「…ん、……ありがとよ」




唇が触れた場所がじんわりする。
それが自分にとっては初めてされる行為だったからか少しばかり恥ずかしくて、でも言い出したのは自分であって嬉しいのは確かで。
ただシャチの時とは違って咲来から言ってくれたわけではないんだと思うと、まだ僅かに残るジェラシー。




「お前、シャチに頼まれたらまたするのか?」


『ほっぺにちゅーくらい…減るもんじゃないし』




さらりと言いのけた彼女はやっぱり分からない。
男嫌いなんて嘘なのではないかと思いつつ、でも同時に昼間の彼女の言葉がよぎった。

「じゃあ寝ましょうか」と、電気を消そうと立ち上がる彼女の腕を反射的に引っ張る。




「…咲来、聞きてェことがあるんだ」


『? なに?』




ベッドに座り直して首を傾げる咲来。
しかし内容が内容なだけになかなか次の言葉が出てこない。えーっととか、そのーとか、うだうだ続けるおれにきょとんとする咲来。




「お前………か、…彼氏とか、いねェのか?」


『…は?』




なんとか振り絞った言い出しにくい質問に、咲来は思いの外呆気にとられていた。




「あ、いや!その…おれ、べたべたして……咲来、我慢してるだけかと……」


『……、今更すぎるし、普通気にしてるならさっきのやる前に聞くんじゃない』


「う…ごもっとも……」


『誰かに言われたの?』




さっきの、とはどう考えても頬のキス。
どうやら咲来にはおれがこういうことを気にするような人間ではないことも分かられているらしい。
逃げ場もないと、「さっきトラ男に言われたんだ」とそのまま伝えた。




『…そう。心配には及ばないわ、嫌だったら最初から嫌がってるし。
気になるなら先に言っておくけど、わたしエースさんにべたべたされるなんて夢みたいに思ってる。むしろまだ夢だと思ってる、エースさんのこと、ずっと好きだったから』


「……、そ、そうか…」


『そう、だからエースさんは余計な心配なんてしなくていいの。それと、わたしに彼氏はいない』


「ほ、ほんとか!良かった!」


『……嬉しそうで何より』


「えっ…、い、いや」




慌てて否定すれば咲来は「冗談よ」と笑う。
とにもかくにも咲来はおれを“好き”で恋人もいないらしい、今度は表に出さないように喜んだ。




「…いいか咲来、よく聞け。
他の奴らにサービスすんのは…おれには止める権利ねェけど、それと同じことおれにもしろ!」


『……なにそれ』




くすくす笑い出した咲来にはおれが駄々をこねる子供のように映ってるのだろうか。


他に何かある、と聞かれて「ここをいつ出ようか」とは言わなかった。眠気が限界だ、今の話をしたら安心して余計眠くなった。
じゃあ寝ようかと言った彼女にそうするかと返して電気を消す。
黒に塗り潰された部屋を感覚だけでベッドに潜り込めばすでに横になった彼女の気配。


「おやすみ」と仰向けに寝転がり目を瞑った瞬間、頬にもう一度感じた柔らかさに寄せていた眠気が吹き飛んだ。





君はきっと、この小さな嫉妬に気付いていたのだろう。
(……っ、お前、)
(ふふ、ごめんなさい。調子乗った)
(ば、ばか……)







END.






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