31+α
『(まずは情報収集)』
朝食を済ませてから、すっかり覚醒しきった頭で考えるのは今後のこと。
帰らなきゃならないのはいいとして、問題は帰る方法。単純に考えれば、寝て起きたら戻っていたということは大いにあり得る。
時間が解決してくれるのを待つというのは何とも頼りないけど、ここに来た方法が今のところそれくらいしか思いつかない。もし他に方法があるのだとしたらそれも探さねば。
そしてそれと並行でやるのは物語の進行についての情報収集。
思えばここにエースさんがいること自体がよろしくないことであって。この世界を夢だと考えていたことを踏まえても、あれはかなりの問題発言だった。
『(………、どうしよう)』
エースさんがここにいることが良くないとわかっているのは物語を知る自分だけ。夢に浮かれて我儘を通してしまった結果がこれだ。
それに加えてハートの海賊団にまさか宴まで開いて歓迎してもらえるとは思っていなかったから、今更お邪魔しましたなんて言いにくい。私は「しばらくいる」とは言ったけど「この海賊団に入ります」とは言ってない、のに今の流れだとその方向な気がしてならない。ローさんは「居候」と言っているものの。
状況を整理するためにペンギンから借りたメモ用紙には、ひとまずここに来てからの日数を書きこんでおいた。
『ねえエースさん、後で聞きたいことがあるの』
朝食の皿を片付けながら言えば「わかった」と了承の返事。
少し考えたように首を捻ってから、彼はぽつりと零した。
「おれも話があるんだ。咲来」
『? うん』
わかったと、数十秒前に聞いた返事をそのまま返せば彼はへらりと笑って見せた。
――
夜。
すべて終わらせて迎えた四回目のそれは前の三回と何も変わらない。
変わったと言えば何だろう。
聞きたいことがある、そう前もって言っておいたのでベッドの隅に腰掛けるエースさんは私の言葉を待っていた。
「話って何だ?」
『大したことじゃないんだけど…エースさんって今、何歳?』
「? おれか?」
情報収集、一つ目。時間軸の確認。
ローさんの出番は最近になってからなので正直この船での出来事は宛にならない。出番がなかった頃の彼らの情報は持ち合わせていない。
ペンギンに聞いたところによると偉大なる航路にすら入っていないらしい、だからこのハートの海賊団は私が知らない範囲。
そうとなればやはり手っ取り早いのはエースさんに聞くこと。ルフィがいればもっと分かりやすいのだけど。
「おれはなー、この前20になったばっかだ!」
――どくり、と。心臓がひどく波打った。
キリがいいだろと無邪気に笑う彼はそれこそ何も知らない、知らなくて当然。
曇った表情を悟られないようになんとか隠そうと顔の角度を変える。
20歳。要するにこの人は、この一年のうちのどこかで。
『今日って何月何日?』
「ん?1月20日だぞ?」
『(そっか、暑いからって8月とかじゃないのか)』
聞いた日付をメモ。後でペンギンにカレンダーがないか聞いてみよう。
元々住んでいた場所のせいで暑い1月というのがどうも想像できなくて、聞いた日付に首を傾げつつもそういう気候の場所くらい私の世界にも存在していたし不自然ではない。
書き終えたところでぽつりと、思っていたことが口に出た。
『じゃあわたし、エースさんに言い逃しちゃったんだ…。』
「…? 何が?」
『お誕生日…』
「誕生日?」
それがどうかしたかと入れ替わりで首を傾げたのはエースさん。
ああそうかと、漫画でこの人の事情を知っていた私は何となくその今までを察して。
「お誕生日おめでとう」という自分にとっては当然のように言って言われてを繰り返した言葉に、彼は酷く驚いているようだった。
「…それ言われんの、初めてかもしれねェ……。」
照れたように笑う彼がちょっとだけ泣きそうに見えたのは、私の気のせいだろうか。
「ありがとな」と撫でられる。
――この人の幸せを、作れたらいいのに。
『白ひげ海賊団ではお誕生会やらないの?』
「人数が人数だからな…やってたら一カ月に何回もやることになるぞ?気にする奴もいなかったし…。
誕生日か……考えたことなかったなァ…」
『……ごめんなさい、わたしケーキもプレゼントも用意できなくて』
「祝ってくれただけで十分だ。へへ、ありがとな、咲来」
『ううん、当たり前だよ。大好きだもん、わたし』
何度言ったか分からないその単語に彼はへにゃりと笑った後私を抱き寄せる。
珍しく甘えるようにすり寄ってきた彼に「どうしたの」と頭を撫でた。
「……あー、…やっぱ、離したくねェな…。」
『…?』
「咲来、おれの話ってのは…」
――
『出かける…?』
言いにくそうに頭を掻く彼は困ったような顔をしていた。
私がお風呂に入っている間に近くの島にいる仲間から連絡が入ったらしい。
ちょっと頼みがあるから来てくれないか、と。
「もちろん最初は咲来連れていこうと思ったんだけどよ。
考えてみりゃおれのとこも男ばっかだし…ここの奴らとなら結構慣れてきたから、咲来の立場からすりゃこっちの方がいいんじゃねェかなって…」
呑気に見えて案外いろいろと考えているらしい彼。ここに居座る条件は彼が出かけるときは着いていく、だったのに私のことを考えて。一体、何をすればこの恩を返せるのだろう。
『そっか、うん、わたしはエースさんに合わせる』
「わりィな……一週間くらい空けると思うんだ」
『分かった』
一週間、それは私がこっちに来てからの日数のおよそ二倍。
彼が傍にいないと不安が拭えないと言えばそうなのだけど、これ以上我儘も言っていられない。
みんないるしきっと大丈夫。
じゃあ明日はお見送りになるのかなと考えていれば不意に抱きしめられていた力が強くなって首を傾げる。
「あー……おれ、心配で死にそうだ…」
『…大袈裟』
「おれにはそれくらい重要なんだ、咲来」
やたら心配性らしいその人に軽く苦笑い。
真面目な顔をして話すものだから余計におかしくて。
「まだ会って全然経ってないのに……変だよな、おれ」
『そうかな。わたしの方こそ変だと思うけど』
「へへ、お互い様か?
なんかな、お前…妹みたいで」
――目が離せねェんだ。
そう言った彼に、心臓の奥のどこかが軋んだ気がした。
「おれ弟いるからよ!面倒見るのは好きなンだけど…妹はいなかったから、まだイマイチわからねェんだ。
ちょっとベタベタしすぎだよな?気をつけてェんだけどなかなか……、どうした?」
『…ううん、なんでも。妹……妹、ね』
「うん?」
『お兄ちゃんって呼んだ方がいい?』
「!!ぶっ」
首を傾げながら言えば、言いだしっぺのくせに盛大に吹き出したその人。私が妹なら貴方はお兄ちゃんでしょうに。
「や、やっぱいい」と妹説をあっさり取り下げた。
「(何だ今の破壊力は……)
…なァ、咲来。それ何だ?」
『これ?こっちの状況把握メモ。
そろそろ遊んでないでちゃんと帰る方法も探そうかと……』
「………、帰る…?」
『うん。
わたしここの人間じゃないし、よく考えたら夏休みの課題相当残ってるし…』
指さされて開いたメモには「4日目」「1月20日」「20歳」。
帰る方法に関する情報があればそれもメモしていくつもり。
「帰らなきゃ」で思い出したのはついこの前まで送っていた日常生活。ずっとここにいる保障とかいつでも帰れる方法があれば別だけど、もしある日突然帰ったら。私は学生だ、何も手をつけていない課題の言い訳をどうしろと。大好きなワンピースの世界に遊びに行ってましたとでも言うのか。確実に精神科をおすすめされるし、今後の学生生活にも支障が出る。
「お前……帰ろうとしてンのか…?帰りてェのか…?」
『帰りたいわけじゃないよ。できるならずっといたい。
でも死ぬまでこの世界にいるかと言われたら微妙だし、わたしにはわたしの生活があるから、帰れるんなら帰らない、と……!?』
突然後頭部をガッと押さえられて力任せにエースさんの胸板に押し付けられる。
一瞬息ができなくなって、むせそうになった。
『ちょ、エースさ、…いき、……っ』
「咲来…おれ、まだ一緒にいてえよ…。この前会ったばっかじゃねェか…。
何で帰ろうとすンだよ……まだいいだろ…?」
ぎゅうっと、痛いくらいに強く抱きしめられて。いくらかトーンが落ちた声に胸がちくりと痛む。
「出迎え、してくれよ?頼むから…」
降ってくる声はやけに震えてて、切なく聞こえて。
言葉が詰まった代わりにその背中に腕を回す。肩口に埋められた彼の頭を撫でることくらいしか、今の私には出来なかった。
明りを消してどちらからともなく布団に潜り込む。
まだ暗闇に馴染まない視界に彼の表情は映りこまない。
「咲来、おやすみ…」
『…おやすみ、エースさん』
呟くように言った彼を一撫でしてから、ゆっくり目を閉じた。
大好きな貴方の、幸せなお願い
(それすらも、つらいよ)
END.
――
+α(おまけ)
「なァ、火拳」
「? なんだ」
「咲来ちゃん、不安がってたぜ。ここにいてもいいのか、迷惑になってないかってよ」
「!」
「おれはそのときフォロー入れたけど…お前からも何か言っといてくれ。
ただえさえいろいろ不安なんだろうから、これ以上不安がらせんなよ」
宴とやらの時に言われたシャチの言葉を思い出す。
勝手に拾ったのはおれなんだから全部任せりゃいいのにと世話を焼いても彼女はまだ遠慮気味。
四日という短い期間だから仕方のないことだけど、一日でも早く打ち解けられれば。
そう思っていた矢先に仲間からの収集、さすがにオヤジ以外が船長を務める他の船に乗っているなんて言えずに二つ返事で頷いた。
しかも女の子一人拾っただなんて、そんなこと言ったらからかわれるに決まってるし咲来も困らせることになる。
だから明日からしばらく出かけることになってしまった、一週間くらいどうにかなるだろうと返事をした時ばかりは思っていた。その後で気が付いた。
彼女はこの世界にいてはいけないと感じているらしい、と。
「……迷惑なんかじゃねェからな」
“出迎えしてくれよ?”
その言葉に彼女は頷いてくれなかった。
――“もし仮にあいつが本当に別の世界から来たとすれば、”
――“少なからず帰る可能性もあるということだ”
きっと、その時にここにいる保障はないから。おれも分かっていたはずだった、でも頷いて欲しかった。
嘘でもいいから、なんて。咲来が嘘がつけないような人間だって知っていたのに。
「帰ンなよ、咲来」
なぜだろう。なぜだか自分は、こんなにも咲来を手放したくない。
つい先日で二十年が過ぎたこの人生のうち、たった数日間を共にした彼女を、こんなにも。
ぎゅっと抱きしめる力を強める。こうするのはもう何度目か。
大人しく腕の中に収まる彼女の感触がすでに染みついてクセになりかけている。
少女は、静かに眠っていた。
+αEND.
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