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『終わった!』


「今日もお疲れさん」




最後の一枚の洗濯物を彼女から手渡される。
それを干し終えたのを確認してから、彼女は軽く伸びをした。
前回と違って隣を陣取っていたあの男はここにいない。




『ねえシャチ!この後用事は?』


「ん?ねェけど?」


『ないなら遊ぼ!』


「…え!?」




二人して手を洗ってから、この後は何をしようかと思っていた頃。
咲来ちゃんがあろうことかおれの両手を握ってお誘いをしてきた。突然のことに対処できず思わず固まったら、「だめ?」と覗き込まれて慌てて首を振る。




『わたしいつまでいるか分からないから…今のうちに、一緒にいたいの』




そう言って、悲しそうに笑う彼女。普段はふわっと可愛らしく笑ってるのに、たまにこんな笑い方をする。
抱きしめたい衝動に駆られるも、周りにクルーがたくさんいたから何とか我慢。




「おれで良ければいつでも相手するぜ、咲来ちゃん」


『本当?』


「ああ!」




にっと笑えば咲来ちゃんも嬉しそうに笑って。「その笑顔の方が可愛いぜ」ともう一回撫でたら今度は頬を染めて顔を逸らされた。本当に可愛い。




「おいお前ら…暇なら晩飯でも釣ってこい」


「『!』」




移動中通りすがったらしい船長がおれら二人を見て命令だけして帰っていく。
あわよくば一緒に部屋へでも行こうかと思っていたが、そうはいかないらしい。

少しばかり気を落としたが船長命令には従うのみ。釣り道具を持ってくるかと、咲来ちゃんを日陰に移動させてから一人甲板を後にした。




――




『シャチ、わたし釣りしたことない…』




釣竿を二本持ってきて、片方を咲来ちゃんに渡す。
釣餌の準備をしていたら後ろで彼女が不安そうな顔をしていた。




「大丈夫だって。エサはつけてやるし、釣り竿持ってひたすら待つだけ!簡単だろ!」


『もし釣れたら?魚って力強いんでしょ?わたしそんなに力ないよ……』


「大丈夫大丈夫!呼んでくれりゃすぐ駆けつけるし!」




なおも不安そうな彼女の頭をぽんぽんと撫でる。が、まだ腑に落ちない様子。
エサ付けるから竿貸してくれと手を差し出したところで、咲来ちゃんがおれを見上げた。




『あ、あの……。最初だけでいいから、隣で一緒に持っててほしい…だめ?』




前言撤回。
船長、素晴らしいご命令をありがとうございます。




――




「(火拳には内緒にするか…ふふふ)」


『ねえシャチ、どれくらいで釣れるの?』


「そうだな〜…早けりゃ10分くらいだけど、ダメなときは数時間だな。諦める時もある」




咲来ちゃんが持ってた竿にだけエサをつけて海へ投げ入れる。
それを咲来ちゃんが持って、すぐ隣でおれも持つ。正直釣れるまで全くと言っていいほど意味がないが、彼女との距離はほぼゼロ。これだけで十分。




「(来んじゃねェぞ魚共!!)」




本来の目的はどこへやら。普段とは真逆のことを祈りながら釣竿を握る。

魚が来るまでの時間が長ければ長いほど咲来ちゃんと密着できる、しかも火拳もいないからお咎めもナシ。場所も人がほとんど来ないところを選んだ。あれ、もしかしてちょっとおれ、危険?




『ね、…動いてない?』


「え?あ、」




さてどうしますかと考えていた矢先、時間に換算すると糸を垂らしてから数分。
ぴくりと動いた糸に反応したのは咲来ちゃん、軽く引いて確認してみれば確かに感じる手ごたえ。

なぜだろう、なぜこうなる。意味がわからないと思いつつも釣り上げないわけにもいかず、「あとは任せろ」と彼女を移動させるとすぐさまリールを巻いた。




「よっしゃ!すげーぞ咲来ちゃん、三匹同時!!」


「…お、ちょうどいいなシャチ。今魚の群れが船の下にいるらしいから出来るだけ釣り上げといてくれ」


「はァ!?てめえも手伝えよペンギン!つか何でここにいんの!?」


「お前の考えることくらいわかる。
悪いがおれは別の仕事があるんでな…増援は適当に呼んでおくから頑張れ。
それと咲来、釣りは見てるだけでいい」




「男共に紛れて釣りなんて嫌だろ」と余計な一言を吐き捨てたペンギンはさっさと船内に戻っていく。なぜあいつはおれがいる場所がわかったんだ。エスパーか。
そしてその言葉通りすぐに五人ほどの増援が現れ、騒がしくなるとともに徐々に咲来ちゃんが遠ざかっていく。気付けば手の届かないところにいて、連れ戻そうにも片手じゃリールを巻けないしどうしようもない。さっさと片付けるしかなさそうだと、魚相手に割と真面目に舌打ちをした。


しかし結局かなりの時間を持っていかれ、終わったかと思えば咲来ちゃんはすでにコックに連れて行かれた後。大して遊べもしなかったし、散々な一日だった。

ただその後、彼女も手伝ったという夕食が食卓に並べられ、疲れを忘れて歓声を上げたのは言うまでもない。






異世界の彼女と過ごすとある一日

(野郎共喜べ!!咲来ちゃんの手料理だァ!!)
(わ、わたしコックさんの手伝いに入っただけ……)
(それで十分だァ!!!)







END.




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