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――“大好き”。
あれからしばらく寝れなかったこっちの気も知らないで。




「(くそ、……)」


「何やってんだよい」


「ぬわっ!!?」




咲来と別れてから二回目の夜。
襲われてないだろうかとか、敵襲に遭っていないだろうかとか、もっぱら考えるのは彼女のこと。
だからおれはあいつの親か何かかと、たとえわかっていたところで状況は何も変わらなかった。手が届かないところにいられるとどうやっても心配で心配で。ルフィの時は突き放した時期もあったが、女の子となると一変するらしい。それも自分を好きだと表現する可愛らしい女の子であるし。ある意味単純な理由だが、彼女の言う“好き”が嘘ではないことも、素性が知られた上で好きだと言ってくれることも重なっている。

早くそばに行きたいと思いつつも、しばらく別行動であるため昨日と同じように通話のみ。いつでも取れるようにとポケットに電伝虫を忍ばせて、鳴った瞬間に周りの目を盗んで少し森に入ったところで受話器を取った。気付けば通話に夢中になっていて、だからこそ反応が遅れた。




「なんだ、そんなに驚いて……」


「うおおおマルコ!!お前急に後ろに立つなよ!!」


「そんなもん気配ですぐ分かんだろ?」


≪マルコさん!!?≫


「?」


「(やべ…!)」




――まずい、気付かれた。
そう思った頃には時すでに遅し。
向こうまで聞こえたらしい声に咲来が反応する。

この反応、ローの船を見つけた時と一緒だ。嫌な予感しかしない。




「お、女の子!?」


≪エースさん!そこにマルコさんいるの!?≫


「え、えー……あー…まあ……」


≪ほんと!?ちょっと代わってほしい!お願い!ちょっとだけ!≫




的中した。咲来はマルコを知っている上に“好き”らしい。
内心溜息をつきながら驚いている様子のマルコに受話器を渡す。咲来、この調子だと好きな奴なんてたくさんいるのではないだろうか、なんて。あながち間違ってはいなさそうな予想に肩を落とした。




「ふぅん…昨日もこっそり抜け出してるから何かと思えば……女の子と通話かよい」


「あ!おい、勘違いすんなよ!?」


「事情は後で聞くよい……で、誰だ?」


「…咲来ってんだ、お前のファンだな…多分」


「ファン?」




「なんだそりゃ」。首を傾げる彼の手に「話せばわかる」と受話器を持たせる。




「代わったよい」


≪マルコさん…!!あ、あの、急にごめんなさい!
わたしその…えっと、ここ最近エースさんにお世話になってる者です、咲来っていいます≫


「…えーと、おれに何か用事か?」


≪いえ、お声聞きたかっただけです!あの、前々からずっと好きで…ごめんなさい我儘言って!機会ありましたらぜひ直接ご挨拶を!≫


「?
わ、わかったよい…エースに代わるぞ?」


≪はい!ありがとうございました!≫




電伝虫から漏れる楽しそうな声。電波の向こうにはさぞかし喜んでいるであろう咲来がいるはず。実に面白くない。
なんて、態度に出すわけにはいかず。




「咲来お前、マルコも知ってんのか」


≪うん!1番隊隊長でしょ?マルコさんも素敵よね…まさか話せるなんて思ってなかった、ありがとうエースさん!≫




――やはり楽しそうだ。
楽しそうなのはいいが、原因が直接自分じゃないのがどうも気に食わない。
拗ねて見せれば慌ててくれるかもなんて考えを巡らせた、その時だった。




≪………げ≫


「ん?どうした?」


≪え、ううん、なんでもな………ひ…っちょっと!やめっ…≫


「咲来!?」




明らかに何でもなさそうな声がして受話器にしがみつく。
耳をすませば咲来の声に混じる男の笑い声。それがどう聞いても、あいつの声で。




≪ごめんなさいエースさん、隣の人が暇を持て余してるみたい…また明日!≫


「お前トラ男だろ!まずお前からぶっとばす!」


≪フフ…出来るといいな≫


≪おやすみエースさん、ごめんね!≫




――がちゃり。
無情にも通話は向こうが先に終わらせた。




「…大丈夫かよい、今の子」


「多分……よっぽどのことだったら電話切るような奴じゃねえから…。」




なぜあいつが隣にいたのだろう。咲来は自分の部屋から電話したわけじゃないのだろうか。
それともトラ男が部屋に押しかけたとか。有り得る、十分有り得る。おれがいないことをいいことに。




「で?今のはお前の彼女か?…ってわけでもねェか、思いっきり男いたしな」


「…ああ、彼女じゃねェ」


「じゃあその男が彼氏か?」


「や、ちげェ。咲来は好きみたいだけど、そういう仲じゃねェ」




――たぶん。
心の中で付け足しておく。


通話が終了したからにはもうここには用事はない、軽く土を振り払って立ち上がる。まだ仲間たちは宴中だろう。
咲来の安否も確認できたし、今日はもう寝るだけ。今頃トラ男が咲来に何をしているのかがとてつもなく気になるが、咲来が電話を自分から切るくらいだからおそらくそこまでのことじゃない、はず。




「(…足りねェ)」




腕に残る違和感に、名前を付ける術をおれは生憎持ち合わせていない。






感じない体温

(しかしエースが楽しそうに女の子と通話なんて、明日は雪かねい)
(なっ、お前いつからいたんだ!?)




END.









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