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「で、お話って何ですか。船長」




ギィ、と。
一体いつまで寝ている気だろうか、あれから数時間経っても起きてくる気配のないその人の部屋のドアを開ける。
もうそろそろ正午。咲来ちゃんはとっくに自分の仕事をこなしているし、自分の午前中の仕事もさっき終わらせてきた。

ペンギンの仕事が一区切りつくところを見計らって、今朝下された船長命令に従う。
てっきりいつものようにバラバラにされるかと思いきや。




「簡潔に言う。あいつを船から降ろすな」


「「…!」」


「…あいつは只者じゃねェ。昨日おれが確かめた」




ベッドに腰掛けた船長は、淡々とそんなことを言っただけだった。




「降ろすな……と、言いますと」


「言葉通りだ。あいつは火拳屋に懐いてる…このままだと連れて行かれそうだ」


「…アンタらしくないな、船長」




――そこは力づくで奪うって言うところでしょう?
隣のペンギンが挑発的に首を傾げる。おれも同意見、だ。




「火拳に勝率があるとすれば船長くらいでしょう?なんでおれらに?」


「……イヤ、おれはあんまり…好かれていないようだ」


「は?」


「おれが近付いた分、咲来は逃げてる……今のところ、だ。
それならお前らの方が早い。すでに懐かれてるだろ?」


「…随分弱気なこと言うんですね。船長らしくないですよ」


「……」




らしくない。ペンギンの言葉を借りて、自分もそう繰り返してみる。
いつだって貴方は、おれ達の先陣を切って、欲しいものは奪ってでも手に入れてきたくせに。

なんて、船長相手に言葉で応戦するおれも多分、らしくない。




「確実な手を打ってるだけだ…勘違いすんじゃねェ。
あいつのことは手放さない。昨日決めた」


「何かあったんですよね。咲来ちゃん見ててなんとなく思いました」


「……そりゃ多分、別件だ。
何かあったのは否定しねェ…いや、できねェ」




ふう、と。息を吐くその人。
何故だろう。何故かやけに、何もかもがらしくない。




「知ってたんだ……気味悪ィレベルに。
生い立ち、周囲の人間…故郷のこと。全てとは言わないが、おれのことは相当量知られてた。お前らが知らないようなことも、だ」


「……」


「もうおれにはあいつがここの人間じゃないと言われても否定出来ねェ。むしろそれくらいブッ飛んだ理由の方が助かる。
情報は戦力だ…持っているに越したことはねェ、あんなのを白ひげんとこの隊長に持ってかれるのも御免だ。
それに、…」


「…?」


「悪い奴には……見えねェ」




――お前らも、そうだろ?

それだけ言って、帽子をかぶり直す船長。




「話は終わりだ。ともかく、お前らはおれの代わりに咲来に懐かれろ」


「そんな無茶な」


「分かったな?
おれは着替えてから行く。先行ってろ」


「…アイアイキャプテン」




パタン。
ドアの閉まる音とともに、会話終了。




「…こりゃー咲来ちゃん、相当だな」


「だな。あの人がプライドを捨てたからな…咲来と何話したんだろうな」




ペンギンと並んで廊下を歩く。
あんな船長、見たことがないかもしれない。




「おれ達の知らないことまで知ってたんだろ?ってことは、この船以外で仕入れた船長の情報ってことだよな」


「ああ、そうなるな」


「船長の反応からして普通のことじゃなさそうだ…何だろ。最初はそういう能力かと思ったけど、初日にベポが咲来ちゃんは風呂入っても船長みたいにならないって言ってたしなァ。
…正直、おれだったらゾッとするかも。赤の他人が自分のこと必要以上に知ってたら」


「…そうだな。あの人も気味が悪いと言ってたし」




もし初めて会った人が、自分のことを有り得ないくらい知っていたとしたら。例えば、自分しか知らないはずのことを知っていたら。
多分、怖い。色々と疑う。
でも船長が“降ろさない”と言い切ったのだからおそらくそれ以外の“何か”。何かはわからないが、少なくとも気味が悪い以上に必要な存在だということだ。


咲来ちゃんは全てわかった上で話したのだろうか。船長の信頼を得るためにしろ、変なことを口走りでもすれば口封じに殺されてもおかしくない。ある意味「賭け」だ。だって咲来ちゃんは、おれらが海賊だと知っていたわけで。

それでも話したのは――きっと、あの人に信頼してもらいたかったから。そう、おそらく、大好きな火拳の時と同じように。好きな人に変な疑いをかけられたままは誰でも嫌がるだろう。


ここまできて、心の中で何かがパチンと弾けた。




「思ったけど、船長のこと殺されてもいいくらい好きじゃないとそこまで話せないよな?
余計なこと言って殺されるか信用されるか…その賭けができるくらい、船長を好きじゃないと」


「なんだシャチ……今頃か?咲来は“あの”火拳に頼んでこの船に寄ったんだぞ?
その時点で答えくらい出てるだろ」


「え…あ、ああ、そっか……。そういやそうだったな…」


「なのにあの人は…全く、どの口が好かれてないなんて言うんだか」




ふう。息を吐くペンギンがさっきの船長と重なる。


――あいつのことは手放さない
――悪い奴には……見えねェ




「(本当は自分が一番気になってるくせに)」




船に乗せるところまでは確かに偶然だった。
でもその後はどうだろう。新しい船員になんだかんだ気を遣うところはいつもと同じだが、あの人がわざわざ自分から誰かをからかうなんてことは滅多にしない。数日後には部屋に連れ込んだ挙句面倒まできっちり見て。
それでいて最後はおれ達に任せるなんて、笑ってしまう。

誰よりも興味を持ってるのは、紛れもなく貴方でしょうに。




「船長から許可降りたし、おれも本格的に奪っちゃおうかなァ。海賊らしく」


「せいぜい燃やされてバラされないようにな」


「…お前もだろ?」


「フフ……否定はしない」




本人は無意識なんだろうが、確実に掻き回されている船内。
咲来ちゃんはある意味一種の能力者だよなと独り言を零した。





らしくない

(おれにとっちゃ、チャンスなんだけど)




END.











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